[携帯モード] [URL送信]

企画
行かせない(高杉)

橋の上から身投げしようとしていた名前の腰を、偶然そこを通りかかった高杉が反射的に片手で抱き寄せとめた時、
無言でゆらりと振り返った名前の瞳はまるで、美しいガラス球のようだった。
底まで見えそうな透明度だというのにそこには空虚しかない、そんな一切の感情も浮かべていない瞳を真正面から見た高杉の、
その背筋がゾクッと微かに痺れたのを覚えている。

どうせ捨てようとした命だ、俺が預かってやる。そう言って名前を自分の傍へ置くようになって一年。
名前はどこか欠落しているような危うさを持ちつつも、よく笑い、よく喋るようになった。

いつも微笑みながら何の執着もみせない眼差しを、ゆるく高杉に投げかけてくる。
そして柔和に形作られた唇から、思ってもみない言葉が出てくるから面白い。

「私、あなたの傍にいない方がいいと思うの」
「出て行きたけりゃ勝手にしろ」

引き止める様子もない高杉の言葉に、名前は何故か嬉しそうに、ふっと小さな吐息を漏らした。
何も身に着けていない柔らかなその身体をすり寄せて甘えてくる。

「あっさりしてるのね」
「これ以上俺といたら命がいくつあっても足りやしねェからな」
「わかってないわね。戦うことのできない私がいたら、あなたの足手まといになるからよ」
「随分と殊勝なことで」
「私に惚れないでね」
「安心しろ。身体だけだ」

そう言いつつ、片目を細めた高杉が名前の首筋につけた吸い痕を指でなぞるその動きには、
言葉以上の感情があふれていた。
くすりと笑う名前が、くすぐったそうに髪を耳にかける。
扇情的な仕草にしっとりとした名前の色気が絡むと、酷く喉が渇いたような気持ちになる。
その渇きは名前という存在に対するものだろう。
身体を繋げあうことはたやすいが、心までは手に入らない。するりと逃げてしまいそうで手を伸ばせないのだ。
惚れてはいない、身体だけだと口では言いつつ、眼差しや指先まではその気持ちを偽ることができず名前を熱く求めてしまう。

そんな高杉に対して何もかも見透かしたように笑みを深める名前を見ていると、高杉はまるで自分が実際よりはるか下の年齢扱いをされているようで、
面白くないような、全てを委ねたくなるような、不思議な心地になる。

「明日出て行くわ。あ、もう今日ね」

旅館の一室は、もう朝の光が部屋を満たしていた。
昨日までの宙の旅に疲れ眠ろうとしていた名前の身体を明け方まで抱いていた高杉は、
疲れた顔も見せず名前の言葉を聞き、片目を瞑る。

「あの時、川に身を投げようとした理由はなんだ」
「なんだろう。あの時は、ただもう何も考えたくなくて」

あふ、と眠たげに欠伸をする名前の肩を抱き寄せる。
高杉が名前の年上とは思えない瑞々しい肌に手を滑らせると、もう無理よ、と名前が大人びた笑みを浮かべた。

「もう死のうとはしないから安心して」

名前は嘘吐きではないが気まぐれなので、その時に頭に浮かんだことをそのまま言葉に乗せる。
十日後もそう思っていればいいが。
そう思った高杉は、自分より年上の名前に対して過保護過ぎるなと自分自身に(らしくねぇ)と苦笑いする。

「俺から離れて何をするつもりだ」
「わからない。何か見つかればいいけど」
「見つかってもここと比べりゃ退屈だろうな」
「そうね。ここ以上に刺激的なことってそうないでしょうね。一年、楽しかった」
「俺が名前をやっぱ手放さねえっつったらどうする」
「そうね。あなたと私、いつ死ぬかわからないだろうけど………嬉しい、かな」

最後に小さく零れ落ちた言葉には、ほんの少しの怯えがあった。
本当はそれを望んでいるのに、高杉に負担がかかると思っているのだろう。

「でも大丈夫よ、一人でだってなんとかやっていけるわ」
「まあそうだろうな。けど俺の包帯を巻くヤツがいなくなるのは困るんでな」
「そんなもの、自分でやればいいじゃない」
「面倒くせェ」
「何を甘えてるの。そんな顔、みんなが見たら士気が下がっちゃうわよ」
「名前の前だけなら問題あるめェ。俺にも息を抜ける場所のひとつくらいあってもいいだろ」
「、……そうね」

名前の指に自分の指を絡ませた高杉は、横になったまま間近でじいと自分を見つめてくる名前から少しも視線を外すことなく唇を開く。

「行くな」
「それは命令?」
「いや。俺の前から消えてくれるなと、頼んでるだけさ」
「めずらしい。素直」

ガラス球のような名前の瞳の中に、高杉の飾らない言葉を受けキラキラとした喜びが確実に光っていることに、高杉は内心安堵する。
よしよしと高杉の頭を撫でてくる名前の唇を、やや乱暴に高杉が奪った。





□鬼兵隊(おもに高杉さん)の身の回りの世話なんかをやってる船の女中さん。両片想い。
  何らかの危険な目にあって自分は戦えないからと女中を辞めて船を降りようとし、
 高杉さんももう危険な目に合わせたくないと了承するけど、やっぱりダメだと引き留めてくっつく話。

□わりと恋愛では優位になりそうな高杉さんが
 「らしくねぇ」とか言いながら、年上彼女にハマっていく様



彩さま、匿名さまのリクエストで書かせていただきましたー!
高杉さんはコミカルなのばっかり書いておりますが、こういう雰囲気もすごく好きで、
書くのが楽しくてずるずる長くなってしまってすみません。楽しんでいただけたら嬉しいです。
素敵なリクエスト、どうもありがとうございました!

2017/02/18 いがぐり

[*前へ][次へ#]

18/34ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!