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企画
大事な時間(沖田)

足の指の間に嫌な違和感が走った瞬間、草履の鼻緒がぷつりと切れた。
あっ、と心の中で思っただけなのに、名前の斜め前を歩いていた沖田が様子をいち早く察したように振り返る。
何のためらいも無く名前の足元にしゃがみ込んだ沖田は「脱いでくだせえ」と小さな声で顔も上げずに言った。
名前の頬が赤く染まる。

「あの、もう少しで家ですし、裸足で歩きますよ」

沖田は名前の言葉に返事せず、ポケットからハンカチを出すと無言で端を歯で噛み、細く裂いた。
繊維が引き裂かれる鈍い音に、名前の顔が今度は青くなる。

「ハンカチが……!」
「だっせー支給品なんで構いやせん。いつでももらえますんで」
「でも!」

名前の心臓がドキリと大きく跳ねた。
沖田の手が、名前の足首にそっと触れてきたからだ。
その手に促されるまま足を上げると、沖田は片膝をつき、太腿を名前が上げた足の下へ差し込んでくる。

「乗せてくだせェ。地面よりはマシでさァ」

一瞬ためらいはしたが、沖田の表情があまりにも柔らかく、名前はその親切を素直に受け取ることにした。
足を乗せると今度は「肩も貸しますぜ」とぽそりと言う。
両手を沖田の左肩に乗せると、バランスがよく取れた。
隊服に包まれた沖田の肩は分厚くて、鍛え上げられた逞しい感触に名前の指先は緊張で震えそうになる。

「……ごめんなさい、ありがとう。重くないですか?」
「いや」

沖田が微かに笑う。拒絶されなかった嬉しさと、照れくささの入り混じった綺麗な笑顔だった。
先ほど裂いたハンカチをねじり、微調整しながら切れた鼻緒に応急処置を施す沖田の髪は、
とてもさらさらとしていて、触れてみたくなる。
名前はそっと浮かんだそんなほのかな誘惑を小さく首を振って散らし、そっと息をとめた。


名前は数ヶ月前、とある事件に巻き込まれたことがあった。
危険が及ぶかもしれないということで、一時期真選組が身の回りの警護についていてくれたことがあり、そこで沖田と知り合ったのだ。
その事件がすっかり片付いてしばらく経つが、時折名前の仕事帰り、
警護をされていた時とまるで同じように、同じ場所で沖田が名前のことを静かに待っていることがあった。
最初はまだ事件が終わってないのかと心配した名前だったが、沖田は何てことないように「習慣になっちまって」と笑うのだ。
遠いとも近いとも言い切れない、仕事場から家までの中途半端な距離を沖田と歩いて帰る日が続いた。

今夜の月は丸いですね、と後ろを歩く沖田を振り返りつつ名前言えば、明りぃから苗字さんの顔がよく見える、と沖田が目を細める。
背中に感じる眼差しはとてもあたたかかった。
仕事の疲れも、沖田と喋っていると忘れることができた。



「できましたぜ」
「ありがとう」

草履に足を入れる。しっかり直された鼻緒は、歩くのに何の問題もなさそうだ。

「しまったな」
「どうしたんですか?」
「鼻緒を直さずに、苗字さんを担ぐなり背負うなりすればよかった」
「沖田さんって面白い人。私なんて背負ったって重たいだけで何も楽しくないですよ」

しゃがんでいた沖田が、くすくす笑う名前を見上げる。
唇を薄く開き、何か言った。その言葉は小さすぎて名前の耳では拾えなかった。
聞き返す前に沖田の身体が動く。立ち上がりしなに、沖田の腕が名前の体に触れた。
何をされるのかと身体を硬くする前に、ふわり、といとも簡単に、沖田は名前を横抱きにする。

「あんた想像より軽ぃや。それにスゲー楽しい」
「わ、え、なに、おきた、さん!?」
「苗字さんが言ったんでィ。重いし楽しくもなんともないって。そこまで言われりゃ、じゃー試してやらァって思うだろィ」
「そんなの、知りませんっ、おろしてください……!」
「おろしたくねぇ」
「!?」

名前の驚いた顔を見て満足そうに微笑むと、沖田はゆっくりと名前の足を地面へ降ろした。
背中に触れていた沖田の手が離れた途端、どっと身体中を熱い血が勢いよくめぐるように感じる。
心臓なんて、鼓動がめちゃくちゃだ。破裂でもするんじゃないかというくらい。

「苗字さんのそういう顔、初めてみやした」
「ぅあ、恥ずかしい、わ、わっ、忘れて下さい」
「忘れてやんねェ。かわいかったし」
「もう! 沖田さんなんて知らない!」

これ以上ないほど顔を赤くして、名前は恥ずかしさと共に足を勢いよく動かす。
「もっとゆっくり行きやしょうや」と笑いをかみ殺したような沖田の声が後ろから追いかけてきた。
名前はほんの少しだけ速度を緩める。でも、振り返ることはできなかった。
きっと振り返ったら、優しい沖田の笑顔が自分に向けられているに違いない。
それを見たら、今度こそ心臓が爆発してしまう。

「苗字さーん、そんなに早く歩いたらまた鼻緒切れちまいますぜ」
「だい! じょうぶ! です!」

名前の言葉に、くはっと明るく沖田が笑い声を上げた。
恥ずかしいのに、早く家に帰りたいのに、でもこうしていつまでもずっと沖田と歩いていたいと、
名前は感情のままに目尻に熱く滲む涙を指で拭いながら、そう強く思った。



ちゃんみー様リクエスト、
□沖田さんがお相手 世界観自由
 現パロ沖田さんよりももっと堂々とわかりやすいアピール?行動?してくる沖田さん
 胸焼けするくらいに愛の押し売りがすごいのに。なんならもうすべて彼氏ヅラで、盲目な感じなのに、
 ああ!もう!なんで気づかないのヒロインちゃん!な話

でございました!付き合ってないのに極甘を目指してみましたらいかがでしたでしょうか!
アクセル全開沖田さん、きっとこの調子でガンガンいくのでしょう。
ヒロイン、気付いているのかいないのか…!
とっても楽しく書かせていただきました♪素敵なリクエストどうもありがとうございました!

2017/01/27 いがぐり


☆オマケ☆
最初はこちらのツンツンヒロインで行こうと思ったのですが、
別バージョンがいきなり浮かんだため、お蔵入りに。
読みたいとおっしゃっていただけたので、こちらにちょこっとだけ載せさせていただきます。


愛想笑いのひとつも見せずツンと横を向いている名前を見て、坂田銀時は深い溜息を吐いた。

「あ、ホラきたみたいですぜ名前の汁粉」
「坂田さんもお汁粉頼んでましたよね。よかったら先どうぞ」
「旦那は後でいいから。名前先食いなせえ」
「私は坂田さんに言ってるんです」
「妬けちまうなぁ。旦那じゃなくて常に俺に話しかけてくれりゃ俺が間に入って旦那に言いたいこと言ってやるってのに」
「どうして目の前にいるのにそんな面倒なこと」
「ん? 名前が俺以外の男と口利くのがイヤなんで」

ギロリと名前の瞳が沖田を睨む。
銀時はやれやれ、と死んだ魚のような目でその光景を眺めてから、誰にも手を付けられず弱々しい湯気を立てる汁粉へ手を伸ばした。

付き合いはそう深くないが、坂田銀時が知る苗字名前という人物は、もっとほがらかな雰囲気をしていたように思う。
人の前では決して怒ったりしないような。
しかし、今正面に座り、隣に座る沖田からあからさまに目を逸らしている名前は、苛立ち、戸惑い、そんな表情を隠しもしない。

「いい加減、からかうのよしてもらえません」
「からかう? 旦那の顔はいつも冗談みてェな顔してますが、俺ァいつも真剣だ。好きですぜ名前」

ずいと名前に顔を寄せる沖田と同じぶんだけ顔を引いた名前は、
横に立ててあったぺらぺらのメニューを両手に持つと、それでぺにょんと沖田の頭を叩く。

「あのね、いくら私だって騙されたりしないから! 何なの? 何が目的? バツゲーム? それとも暇つぶし!?」
「目的なんざねェな。強いて言えばアンタを俺の手で幸せにすることくらいですかね」

もう黙って! と言わんばかりにぺにょんぺにょんと名前の持つメニューが沖田の顔面に炸裂するが、
沖田はそれを止めるどころかそんなことをする名前も可愛いと微笑むばかりである。




こんな感じで、ヒロインは沖田が自分をからかってるだけだと思って隙を見せまいとツンツンしていて、
沖田は何も気にせずガンガンいってて、銀さんは巻き込まれている感じです(笑)
いつか手直しして完成できたらいいなあと。

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あきゅろす。
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