silent child
9
そう心配になったけど……、どうやらちゃんと届いたみたい。
先生の目から、次々と涙が零れ落ちて、唇がふるふると震えだした。
そして――、
「高木ぃーーっ!! 高木ぃーーっ!!」
と、名前を連呼されながら、先生の大きな胸の中へと、抱き締められた。
温かくて、気持ちが良かった。
お父さんが居たとしたら、こんな感じなのかもしれない。
やっぱり先生のこと――、大好きかも。
*****
皆との別れも十分に堪能した後、廊下に出れば、僕のお母さんと大和のお母さんが一緒に居た。
二人も実は、幼馴染。
仲の良いお母さん達を見ていて、いつも思うんだ。お母さん達のように、僕も大和とずっと一緒に居たいなって。
二人に近寄れば、お母さんは直ぐに僕に気付いてくれた。
化粧をして、スレンダーなスーツを着こなすお母さんは、いつもよりもずっと綺麗。微笑む顔も、いつもよりもずっと優しく見えた。
「憲太。カッコよかったわよ。」
どこを指して、そう言ったんだろう。
皆よりも俯き加減で、体育館へと入場した僕?
皆よりも時間をかけて、漸く返事をした僕?
皆よりもへっぴり腰で、ステージに上った僕?
それとも、最後に思いっきり“さようなら”が言えた僕?
どれかは分からない。
でも――、褒められたことが嬉しかった。
僕の顔は、また真っ赤になった。
「憲太君ってば、昔のお母さんにそっくりよ!」
(そっくり?)
大和のお母さんがそう言って、笑っていた。
僕が唯一そっくりだと思ったのは、あの日盗み聞きしてしまった時のお母さん。
お母さんと仲良しの大和のお母さんは、あの本当のお母さんの姿を知っているんだなと、この時悟った。
「よっ、母さん! 憲太のお母さん、こんにちは!」
大和も直ぐにやって来た。いつものように、ニコニコと満面の笑みで。
「よっ、じゃないわよ。」
「大和君、こんにちは。」
お母さんに向かって、軽々しく「よっ」とか言えちゃう大和が羨ましい。怒られるかもしれないけど……、僕もいつか、そんな軽口をお母さんにたたいてみたいな、とか本気で思っていたりもする。
「大和と憲太君、帰りはどうする?
私達、車で来たから、一緒に乗っていってもいいわよ?」
大和のお母さんがそう聞いてくる。
そんなの答えは決まっている。
僕と大和は顔を見合わせた。
「俺達、歩いて帰るよ! なっ、憲太!」
(もちろん!)
僕は、大和に力強く頷いた。
この中学校へと、大和と一緒に何回も登下校したけれど、それも今日で最後なんだ。
最後に、じっくりと味わっておきたい。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!