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silent child
19

 今日は確か、大和とマサキは30分くらい遅れるって言ってたから、あと暫くは石川君と二人っきり。
 未だに石川君には慣れないし、石川君からも、僕と馴れ合うつもりはないってオーラが出てる。
 僕も自分の下手さ加減に苛苛していたから、入室してきた以降は石川君の方を見向きもせずに、そのまま黙々と練習を続けた。

 部屋に飛び交うのは、僕の音と石川君の音。

 石川君はさっきからBDの16分のウラ引っかけを繰り返している。
 僕にはドラムの知識はあまりないから、何とも言えないんだけど……、そこが難しいのかもしれないし、苦手なのかもしれない。
 逆に僕がさっきから繰り返し練習している部分も、石川君にとっては意味不明かもしれないし、耳障りかもしれない。
 そんなことを頭の隅で考えながら、只管練習を繰り返す。

 同じ体勢に疲れてきて、体を少し動かしたら……、
ガタッ
 ヘッドがぶつかって、譜面台がぐらりと揺れた。
(やばっ!)
 咄嗟に譜面台を掴んで倒れるのは防げたんだけど……、上に乗せていた譜面がひらりひらりと宙を舞っていく。

 辿り着いた先は――、
「ちっ……。」
(最悪……)
 石川君の足元だった。

 石川君は舌打ちして一回手を止めた。
 一瞬、無が返ってくる。

 石川君は一瞥を投げた後、僕の譜面をそっちのけで練習を再開する。
ダンダンダダダン
 静かだった空間に、石川君の音だけが響く。

 正直ちょっとムカついた。拾ってくれてもいいじゃんとか思った。
 だけど――、「飛ばしちゃってごめんなさい。」って言えない僕も悪いって分かってるから、仕方ないとも思う。

(どうしよう……)
 僕にはあの譜面が必要。丁度そこのフレーズを練習したいから……。
 でも――、あんまり石川君に近寄りたくない。恐いし、機嫌が悪いから……。


(はぁ……)
 僕は心の中でため息を吐いて、譜面を取りに行く決意をした。
 ボリュームを0にしてから、相棒を床にそっと横たえ、席を立つ。

 石川君の音が飛び交う中――、僕は少しずつ石川君に近づいていった。
 直ぐ傍まで行ったところで、石川君の音がピタリと止んだ。

「あぁ?! 何か用かよっ?!」
(最悪……)
 僕を凄い形相で睨んで、怒鳴る石川君。めちゃくちゃ機嫌が悪くなっている。
 僕は言い返すことも出来ないから……、そのまましゃがんで譜面を拾った。機嫌をこれ以上損ねないように、急いで戻ろうとしたんだけど……、
「おいっ!! てめぇーっ! シカトこいてぇんじゃねぇぞっ!!」
ダンッ!!
 いきなり怒鳴られて、壁に突き飛ばされた。
 背中を思いっきりぶつけて、一瞬息が詰まる。
 折角拾った譜面が、また遠くに、ひらりひらりと舞っていくのが見えた。


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