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silent child


(何で……っ?)
 言いたいのに……、音が出ない。
 喉が張り付いて、体がカチンコチンに凍ってしまったみたいなんだ。

 最後なんだから、絶対に言いたいのに……、矢口先生に向けて、大きく返事をしたいのに……。
――たったの2文字なのに、どうして僕は言えないの?

 そんな自分がムカついて、そんな自分が悔しくて……、あっという間に熱くなる。

 次第にざわつく周り。
 先生達に、在校生に、卒業生に、保護者。
 皆の視線が僕へと向く。
(熱い……っ)


――がんばれ!

 応援の4文字が隣から飛んできた。
 隣に座っているのは、大和。

「憲太なら出来るよ。」
(大和……)

 更には……、
「がんばれ。」
「高木、出来るよ。」
「お前なら、言えるって。」
 小さな声で、クラスの皆も励ましてくれる。
 近くの席の奴等が、僕の肩や背中をぽんと叩いて、力を分けてくれる。


 僕に――、出来ないはずがないんだ。

 ケイ先生を思い出した。
 直接言えなくて、後悔した思い出。
 でも、お葬式ではちゃんと言えた。感謝の5文字。

 カレンを思い出した。
 初めて「がんばれ」を頑張った思い出。
 沢山の人が居るライブで、ちゃんと言えた。応援の4文字。

 5文字や4文字だって言えたんだ。
――たったの2文字くらい、僕には言えるはずだ!


 僕は、ちゃんと知っているんだ。
 自分の口で紡ぐことが、大切だってこと。
 だから――、後悔しないように……。

(喉に引っ掛かった言の葉)

『高木憲太。』

(君まで、飛ばせ!)
「……っ、……っ、」


「……はいっ!」
(やっと飛んだ!)

 僕の体を押さえつけていた氷が一瞬にして溶け、一気に体が飛び跳ねた。

 向かうのは――、立ち慣れたステージの上。

 足が上手く動かなくて、何度ももつれそうになる。
 それでも何とか前へ、前へと踏み出し、ゆっくりと進む。
 前に礼、右に礼、左に礼をしたら、ステージへの階段を登る。

 いつもとちょっと違うステージの上。
 周りは暗くもないし、スポットライトが当てられているわけでもない。観客は、ちゃんと着席しているし、ハイテンションになって騒いでもいない。

 それでも、変わらないことがある。

 ステージの上は――、相変わらず熱かった。

 校旗に向けて礼。
 中央へと進み、右向け右。
 校長先生と向き合ったら一礼。
「おめでとう。」
 お祝いの5文字を貰い、礼をしながら卒業証書を受け取る。

 最後に回れ右をして、一礼。
(これで、僕の出番は終わった)
パチパチパチ!!

 いつも通り、観客の拍手をもらいながらステージを下りる。

 いつもと違って、歓声は一切無し。
 それなのに……、なぜだろう。凄く、気持ちが良かった気がする。


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あきゅろす。
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