見えない扉
そこには扉がある。
「暫く仕事で外に出なければならなくてね」
アリスとブラッドの2人だけのお茶会は今や恒例となっていた。
ブラッドの選んだ紅茶にお茶菓子。他愛ない話を幾らかして、時に熱い紅茶論を聞き、時に沈黙する。
ブラッドといる時間。それは存外、居心地が良かった。
「その間君とこうして紅茶を飲めないかと思うと寂しいよ」
ふう、とブラッドは溜め息を吐いて肩を竦める。
アリスは紅茶を一口飲んだ。綺麗な色がアリスの唇を濡らす。
「アリス、君も寂しいだろう」
ふふ、とブラッドは笑った。自信に満ち溢れた言動は彼の素晴らしい所のひとつだ。
アリスはさあ、とブラッドの真似をして肩を竦める。
「貴方以外にだって私の相手をしてくれる人はたくさんいるのよ」
「なんだ、嫌な言い方をするね」
「そうかしら」
ふふ、笑い合ってお互いに沈黙した。平和で、穏やかな空間だ。
「君が私以外の相手にうつつを抜かす前に帰ってくるとしよう。待っていてくれるね?」
「ええ。そうね、気が向いたら」
「君は意地が悪いな」
「貴方に言われたくないわ」
アリスは笑う。ブラッドも笑う。
安穏とした空気、そこにあるのはアリスの居場所。
だから、
アリスは思い出せない。
そこに扉がある事を。
「待っていて、あげる」
帰る道を、見失う。
(強く、君が唯強く願う、帰りたいと。その願いが君の帰り道になる)
e.
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