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魔法の場所

彼は薔薇園で別人になる。

性格が変わる訳でもないし、まして容姿が変わる事もない。ただ、そう、雰囲気だ。

薔薇園に居るその時だけ、飄々として気だるそうなマフィアのボスは一人の青年となり彼女の弟になる。

けれど連なる薔薇のアーチをくぐり抜け一歩境目を超えれば、彼等は赤の他人となってしまう。

おかしな関係だと思う。
だが不思議ではない。それが自然で、当たり前だと感じるから。

それがまるで、別人のように感じられるのだ。

この空間には魔法が掛けられているのかもしれない。アリスは薔薇園へと続くアーチを眺めその境へと足を踏み出した。

一歩、二歩。境を超えて、もう一度一歩二歩、今度は後退する。




「…変わらない」




当たり前だ。

それでも何度か同じ事を繰り返した。意味もなく。薔薇の匂いが鼻を擽る。

現実主義者のようなアリスも、ここではおかしな具合になる。

薔薇に囲まれて、噎せかえるような匂いに酔ってしまうのだろうか。魔法、なんて普段なら鼻で笑い飛ばしそうな言葉を使ってしまう。

ああ、なんだ。もう魔法に掛けられている。




「何をしているんだい」




背後から声がした。

聞き慣れた声に振り返ると、そこにはマフィアのボスが立っていた。

アリスは中と外に一歩ずつ足を置いている。




「さっきからそこで行ったり来たり。実に面白い光景だったよ」




ふふ、笑いながら彼はアリスの隣に立つ。

彼は軽々と境目を超えた。




「入らないのかい?」

「入るわ」




そうか、と呟いて彼はアリスの手を取る。




「おいで」




笑った彼の顔は、青年の顔だった。

アーチをくぐる。視界に映える赤とくらくらする程の匂い、背徳的な雰囲気がここには充満している。この場所に彼等が揃えば薔薇園は完成する。人を惑わす空間だ。

アリスはここでの彼が好きだ。普段の彼も好ましいが、ここでの彼は特別だと感じる。




「あそこで何をしていたんだい」

「魔法にかけられていたの」

「魔法?」




首を傾げる彼に頷く。

アリスは自分の唇から発せられる魔法という言葉におかしくなって、少し笑った。




「そう、魔法。私が私じゃなくなる魔法。おかしいでしょう」

「いいや」




彼は繋いだ手を離そうとはしない。

ただ穏やかに首を振り、愛しそうに薔薇を見渡した。




「ここは魔法の場所だよ。秘密の場所だ。私と姉貴と、…君の」




他の介入を許さない。

薔薇からアリスに移された視線は愛しげな侭で、アリスの心臓がざわついた。

エメラルドの瞳が柔らかな光を放つ。

いつもの威圧的で気だるげな光よりもアリスは余程こちらの方が拘束力があると思う。

魅入って、アリスは目がそらせない。




「私が私でいられなくなる。私が私になれる。そういう場所だ」

「素敵な場所だわ」




薔薇園の真ん中で、二人は視線を交じらせる。

空は真っ青で、薔薇の花も葉も全てがきらきらと光を反射して輝いていた。



薔薇園という限定空間で、二人はおかしくなる。

未完成なその場所でアリスは何かが始まるのを感じた。









e.


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あきゅろす。
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