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紛れこむ

「大丈夫、女性に不自由はしていない」




仄かに香る紅茶の匂い。

何が大丈夫なのかと呆れた視線で相手を見れば、ああいやいやなんでもないと手を振られた。




「こっちの話だ」

「…そう」




大きな独り言ねと内心呟きアリスは読みかけの本へと意識を向ける。

アリスは読書を、ブラッドは書類を。

たまに手の空いたブラッドがアリスの話し相手をしてくれる、そんないつも通り静かに過ぎていく空間。




「……なぁに?」

「ん?」




の、筈だった。




「さっきからすごく視線を感じるのだけど」

「それはそうだろう。さっきから私は君を見ているからな」

「……仕事しなさいよ」




言い訳するでもなくきっぱりと言い切ったブラッドに白い目を向けてアリスは言う。

それに肩を竦めけれどブラッドはやはりアリスを見続ける。




「…何よ」

「見ているだけだ」




あっけらかんと答えるブラッドに頭が痛くなりアリスはこめかみを押さえ、ブラッドへ視線を遣った。

どうやらいつもの空間には暫く戻りそうにもないようだ。




「見ないでよ」

「何故」

「気が散るわ」

「気にしなければいい」

「気になるの」

「私が?」

「そう、貴方…の視線が!」

「そうか」




嫌な響きに思わず力が入りアリスは思い切り顔を上げた。

ブラッドは会話の間も一度として目を逸らさない。

観察されているような感覚がどうにも居心地が悪く、アリスは自然と眉間に皺を寄せた。




「私は、」




ぽつりと、ブラッドが言葉を漏らす。




「女性に不自由はないはずなんだがな」

「何それ、自慢か何か?」




半眼でブラッドを睨みつけ、アリスは生温く微笑んだ。

それでもブラッドに気にした様子はない。




「面白い、それだけではない気がするんだ」

「はぁ?」

「好意、…そうだな」

「分かるように話してくれないかしら」




先程から成り立たない会話に、アリスは溜め息を吐く。

まさに大きな独り言だ。それなのに視線はアリスから逸らされないせいで、無視も出来ない。

ふむ、とブラッドが唸る。




「君が気になるんだが、アリス。どう思う」

「……それを私に聞くの?」




至って真剣に。ブラッドのそんな様子にアリスは脱力してしまう。

気になる、と言われてもそう、としか返せないのにそれをどう思うも何も。

返答に困る。




「本人に聞くべきかと思ってな」

「そんなの聞かれてもね」

「分からないか」

「私は貴方じゃないもの」




それもそうか、と頷いて離された視線にほっと息を吐く。

そんな中何事もなかったかのようにブラッドは中断していた仕事を始めた。

どうやら自己完結したらしい。

結局何だったのかしらと心中首を傾げ、アリスは読みかけの本に意識を向けた。






静かな空間。紙をめくる音と時折ペンが紙を走る音。

いつも通りの風景に、少しの異質が落とされた瞬間。

















(答えはきっと、とうに出ているのに)
(認めたくないと足掻いているだけ)






















e.

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あきゅろす。
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