ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
※涙の味と、君の唇 2
『おいで』
嗚呼。なんて、魅惑的な言葉だろうか。
怠惰に寝っ転ぶウィリアムも普段の彼とは違う面を見れて好かったけれど、均整の取れた背中をベッドボードに預ける姿の、なんと蠱惑的な事よ。
ダグラスも起き上がり、誘われるままウィリアムの正面に座った。
もしかして、ウィリアムの欲望を舐めても良いのだろうか。と、淫らな期待が燃え上がる。
『其処じゃないよ』
『え? それじゃあ』
何処に座れば良いの。と云う質問は、ダグラスが口に出す前に答えが出された。
『此処』
と、ウィリアムが自らの膝を指し示す。
『の、乗ってもいいって事?』
『嫌なら、無理強いはしないけれど』
『嫌、じゃ……ないよ』
言うが早いか、ダグラスはウィリアムの膝を両手で鷲掴んだ。
その行動に驚いたウィリアムが両目を見開く。
『そ、その前に……顔を埋めても良いかな?』
ハァハァ、と鼻息を荒くして。ダグラスはウィリアムのソコに顔を近付けた。
『す、少しだけだから。先っぽだけ、五秒くらい』
一度は遠ざかった欲望の熱が、今は眼前に曝されている。ダグラスは目を爛々と輝かせ、舌を突き出した。
『んっ』
滴る唾液が芯の先端にポタリと落ちて、ウィリアムが息を詰める。
『その声大好き。ねぇ、もっと聞かせてよ』
ダグラスは宣言通り、芯の先端を舌先でチロチロと舐めた。ムクムクと育ってゆく芯が嬉しくて、約束の5秒を過ぎても口を離せない。ウィリアムが許してくれるなら、口内に含んで本能のまましゃぶり尽したいとさえ思う。
『ハァハァ……ン。そんなにガッツクと、自分のご褒美が遠のくよ、ダグラス』
全身に電流が走った。
原因は必死に抑えられた艶声が囁く、たった一つの言葉。
『え……今、ぼくの名前』
一瞬、我が耳が信じられなくて、ダグラスは惚けたまま口を離した。
顔を上げてウィリアムの様子を窺う、と綺麗な指先が伸びて来る。
『よ、呼んだ……?』
唾液と先蜜で濡れそぼった唇を人差し指の腹で拭かれる。それが堪らなく恥ずかしくて、ダグラスの頬は朱に燃えた。
『おや、今度は気付いたね』
ウィリアムが指を引込める。ダグラスはソレを追いかけて、ウィリアムの胸に擦り寄った。
ドキドキと高鳴る心音が間近で溶け合う。この音も、ダグラスはとても好きだ、と思った。
『ん。だって、夜に名前を呼ばれたの、初めてだから』
もっと呼んで欲しくて。ダグラスはウィリアムの首筋を舌先でツツーと舐め上げた。
『わ、わざとなのかなって……』
『夜のボクが意地悪だから?』
ウィリアムがクスクスと笑む。その手が下へ滑り、ダグラスの芯を掌全体で撫で上げる。
『アッ……んんっ』
気持ち好い。
ダグラスは身を捩り、自らもウィリアムの芯に手を伸ばした。
グチュグチュと鳴る卑猥な水音が双方の鼓膜を淫らに支配する。
『ぼく……ぼく、ね。ウィルに名前呼ばれるの、凄く嬉しくて……だから……ア、ン……大好き……だよ』
夜も昼も。関係なく。
ダグラスはもう、ウィリアムにゾッコンだ。頭の芯がグズグズに崩れて、彼の事しか考えられなくなる。
『まったく……わざとなのは、何方だろうね』
ウィリアムが諦めたように息を吐く。
『へ? んんっン』
その理由を聞く前に唇が塞がれ、ダグラスはウィリアムからのキスに何も考えず酔いしれた。
『恋人に特別な名前で呼ばれるのは、ボクも嬉しいよ』
離れた唇を名残惜しく感じる間もなく、ウィリアムが甘く囁く。
『ねぇ、ダグラス。これから飽きるまで、何度だって呼んであげる。だからキミも』
耳元が擽ったくて。例えそれが雰囲気に流されたリップサービスでも、ダグラスは嬉しかった。
『うん。ぼくも、ウィルの名前、何度も呼ぶ……から』
熱い塊が躰の奥底から迫り上がってくる。
『ぼく達、本物の恋人……だよね』
何故だか急に、正体不明の不安感も迫り上がってきた。
ダグラスは震える言葉を呑み込み、ウィリアムの瞳を真っ直ぐ見詰めた。
『不思議な事を聞くね。恋人に本物も偽物もあるのかな?』
何処までも純粋な質問が返ってくる。
『そ、うだね……可笑しい、な』
嗚呼――なんだろう、視界が歪む。
『ああ、ほら。又泣きそうになって。しょうがない子だね』
ウィリアムの声もぼんやり波紋を広げて、呆れられているのか、心配されているのか、よく分からない。
まるで現実ではないような。いや、真の現実が押し寄せて来たような。奇妙な感覚だ。
(嫌だ。ウィルが“又”遠くなる)
ザワザワと這い上がる恐怖心が、あんなにも感じていた快楽を追いやる。
『もっと、もっと強く抱いて。離さないで』
お願いだよ。――と、ダグラスはウィリアムの背中に両腕を回した。
けれど、ウィリアムの体温は氷のように冷え、肌を撫でる感触も空気の表面を触っているように何も感じられなかった。
◆◆◆
「ウィル、ウィル……ぼくのウィリアム」
一筋の涙がダグラスの頬を伝い落ちる。
鼻をグズッと啜った所で意識が浮上し、恐る恐る瞼を開けた。
見慣れた自室の壁が静かに映る。
(ぼく、寝てた……のか)
今日は休日。ダグラスは夏季休暇の荷造りと、部屋の片付けをしていたのだった。
まだ頭がボンヤリするけれど、今に至るまでの出来事は思い出す事が出来る。
荷造りを終え。朝からの疲れがドッと押し寄せたダグラスは夕食の時間まで一休みしようとした。そのまま転寝したのは誤算だったけれど、疲労は残っていない。
むしろ、ダグラスの躰は元気過ぎた。
「ア、や……だ」
躰の中心が熱い。
あんな夢を見たせいで、欲望の炎が目覚めてしまったのだ。
「ごほうび……んっ。ウィルのご褒美……まだ貰ってない、からぁ。欲しいよ……ぅ」
夢の奥へ消えたウィリアムへ懇願する。
もう応えてくれない。忘れなれない過去を再生した、ただの夢だと云うのに、ダグラスはその続きを夢見る。
(あの後、ウィルはぼくの涙を優しく拭いてくれて……それで、それで)
目尻を滑る唇の感触が甦って来る。
(キスして、くれて)
ダグラスは赤い舌をぬるりと出し、己の下唇をゆっくりなぞった。
けれどソレはウィリアムの感触とは程遠く。胸の奥がギュッと締め付けられる。
「ウィル……んっア、ウィル……ぅ」
ダグラスは熱の発生源へ両手を伸ばした。
すると急いで脱いだボトムスが膝に引っかかり、足の動きが窮屈になる。それでも構わず、熱り勃つ芯を下着から取り出す。と、夢の続きを思って擦り出した。
「ハァハァ……んっ」
欲望の熱を出し終わり、穢れた両手を芯から離す。
(何やってるんだろう、ぼく)
そう思っても、ダグラスの欲望は制御出来ない。
疼く蕾に指を回し、一指し指をゆっくり沈める。
その時――
『コンコン』
と、ドアを叩く音が部屋中に響いた。
「ダグラス君。居るかな?」
明るく、元気な声。
見知った少年の顔が脳裏に浮かぶ。けれどダグラスは直ぐに返事を返さなかった。
「……ッ」
息を殺し、人差し指をそっと引き抜く。
何故、このタイミングで訪ねて来るんだ。と、脳内での文句も忘れずに。
「返事がないな。留守じゃないか?」
先程とは別の声が耳に届く。
ダグラスは咄嗟に身を起こした。そしてゆっくり時間をかけて、物音を立てないように下着とボトムスを穿き直してゆく。
「でも、昼過ぎに洗濯場で見かけたよ」
「それから出掛けたとも考えられる。あの気障男の例も有るしな」
「もう。一気に認めて、親しく『アラン』って呼んであげなよ。兄さん」
「何を言っているんだ、ベル。アイツにフィアンセが居た事と、お前を口説いてくる事案は別問題だろう」
「もう、意地っ張りなんだから」
「そんなに可愛らしく頬を膨らませても、俺の警戒は解けないからな。お前への愛故に!」
間違いなく、ジルとベルの双子だ。
二人はダグラスが完全に留守だと思ったのか、プライベートな話題で盛り上がっている。
「兄さんこそ。そんなに恰好良く言っても、僕は諦めないからね」
注意しつつも、ベルの声は嬉しそうだ。
「……ッ」
ダグラスは下唇をギリリと噛んだ。胸の奥底では嫉妬の大蛇が蜷局を巻き、赤い舌をチロチロと出している。
(ぼくはもう、ウィルに逢えないのに)
ベルは何時も楽しく、ジルと過ごしている。それがとても羨ましくて、憎らしい。
ダグラスはもう、ジルとベルの関係が『純粋な兄弟』に思えなくなっていた。
「まったく。ベルはどんな顔も可愛いな」
「誤魔化さないで」
「俺は本音しか言っていないが?」
「だ、だからって。今言わなくても……いいでしょう?」
「……ッ。そ、そうだな。ただでさえ可愛いベルが、もっと可愛くなってしまったな」
照れるジルの声も甘く、まるで恋人に囁いているようだ。
(ねぇ、ジル君……ぼくとももっと“仲良く”してよ。ベル君ばっかり……狡い、よ)
ダグラスはドアの向こう側に居るジルへ向かって右手を伸ばした。
けれど当然、ダグラスはジルの影さえ掴めない。
「コホン。じゃあ、そろそろ。アランも帰って来る頃だろうし。食堂に行こうか」
「ああ。ダグラスも居るかもしれないしな」
「うん。そうだね」
二人の足音が遠のく。
「あ、待って」
ダグラスが急いで声をかけてももう遅い。
ドアの向こう側に、双子の姿は影も形も無かった。
「そ、だよ……ね」
当たり前の結果なのに、ダグラスの胸はズキリと痛む。涙も一筋流れた。
それからダグラスは身を整え、ノロノロと自室を出た。
食堂へ向かう道すがら、大きな人影が見える。まるで、ダグラスの行く手を阻む壁のようだ。
そしてダグラスは、その壁に見覚えが有る。良い思い出ではなく、悪い思い出として。
(どうしよう)
ダグラスは立ち止って考えた。
相手の男は、ダグラスの事を覚えていないかもしれない。けれどダグラスの中には、彼に対しての恐怖心が確かに有った。
(行く道、変えようかな?)
心臓が悪い意味でバクバクする。
「スゥーー」
ダグラスは大きく息を吸った。そして次の瞬間、思い切って踵を返す。
けれど――
「おい。待てよ」
男の声が、無慈悲にも追い駆けて来た。
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