僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする12


 薄く積もった新雪をサクサク踏み進む。
 突然の寒波は日本列島を直撃し、遊び慣れた町並みも雪化粧で着飾っていた。
 味気ない灰色に冷たい雪色が加わるだけで、冬の風情は彩が増す。

「正式なプロポーズも申し込んで来た! さぁ、勘当でも何でも好きにするといい!!」

 懐かしい実家の門を潜った開口一番。燕は力強く叫んだ。
 興奮の消えない頬が熱く。鼻息も荒い。

「は……?」

 母親がポカンと口を開け、両手から竹箒を落す。丁度、雪掻きに精を出していたのだ。

「いきなりどうしたの?」

 やや引き気味の母親が腰を屈め、竹箒を拾う。
 小柄で可愛らしい彼女の容貌は燕とよく似ていた。パッチリ開いた円らな瞳が実年齢よりも若く見える。

「大体そういう報告はね。相手のお嬢さんも連れて来てするものよ」

 竹箒をサッサッと動かし、雪掻きを再開する母親。身を引き裂く思いで帰省した息子の話を真剣に聞く気がないようだ。
 しかし素っ気ない態度を返されても、燕は引かない。

「城金皇慈21歳。北欧系ハーフで金髪蒼眼の飛び切り美人。身長は何とも羨ましい178p。体重は知らないけど、スレンダーで軽い。趣味は笑顔の見える人助け」

 ケータイ電話をコートの胸ポケットから取り出す。そして母親との距離を詰め、待ち受け画面を見せる。映っているのは満面の微笑みを湛える皇慈だ。

「それと病弱で。体調が優れない時も、僕の前では弱音を吐かない人」

 母親の知らない皇慈の情報を矢継ぎ早に伝える燕。しかしそのスピードが段々と落ちる。
 今頃皇慈の熱はぶり返していないだろうか。
 人の気配が消えた邸宅の中で、孤独を感じていないだろうか。
 そう思うと、不安がザワザワと這い上がって来る。

「嗚呼、皇慈さん……。今すぐ逢いたい」
「帰って来て早々にイヤな子ね。……って、あら?」

 それでも母親は燕の話を聞き流す。しかしふと、手元の画像に目を止める。
 息子の相手を値踏みしているというよりは、何かを確認しているようだ。まさか性別ではあるまい。

「ねぇ、この人――もしかして神父さんじゃない?」

 母親の右手一指し指が燕のケータイに伸びる。しかしその瞳は皇慈をスルリと避け、画面の端に小さく映る天志の横顔に注目した。
 タッチパネルは所有者に拘わらず素早く反応を示す。母親が簡単に操作するだけで画面はスライドし、別の画像が現れる。
 写真フォルダの中身は皇慈の画像で溢れていたが、全てではない。天志や主、遠い地で出会った人々との記憶が詰まっている。
 どうやら燕の母親も『今話題の神父サマ』を知っていたようで、声のトーンが瞬時に明るく変わった。女性は何時まで経っても乙女である。
 この状況に肩透かしを食らう者もいるだろう。しかし燕はチャンスと捉えた。
 天志の話題を切っ掛けにして、皇慈の人柄や抱えている事情を打ち明けたのだ。
 勿論、燕の恋心が本物だという事も。
 包み隠さず。皇慈への愛情を真摯に伝えた。




 ◆◆◆  




 翌日。
 燕は朝一番で新幹線に飛び乗った。
 実家を出たのは午前5時30分。まだ夜が明けきらない、太陽も目覚めていない中での出発だった。
 母親は「朝ご飯くらい食べて行きなさい」とダッフルコートの裾を引っ張ったが、それも10分程度の足止めで終わった。
 それでも町に到着したのは昼前。
 早る気持ちは移動時間をその何倍にも長く感じさせた。

「天志さん、ありがとうございます。思わぬ所で貴方に助けられました」

 駅からも移動を重ね。やっと教会が見えて来る。
 燕は一旦足を止め、孤児院の庭先を覗き込んだ。聖堂へと繋がる通路の横で、15体以上の雪ダルマが列を作っている。
 この付近の土地は今日の朝方まで雪が降り続いていた。道の端に寄せられた量も多く。大雪の到来だったのだと分かる。

「おや、燕くん。昨日の今日で戻って来るとは……早すぎませんか?」

 目的の人物――天志は丁度、庭に出ていた。
 雪遊びに勤しむ子供達を見守っていたのだ。
 一面の雪原をキャッキャッと駆け廻る子供達の姿が微笑ましい。ミニサイズの雪ダルマも次々と生まれている。とても楽しそうだ。

「いや〜。実は母が貴方のファンで、機嫌よく話を聞いてくれました」

 ピカピカと輝く笑顔で、燕は報告する。
 実際はそんなに簡単な流れではなく、母親は素知らぬふりをしたり、わざとらしく話題を逸らしたりしたのだけれど。ペラペラ喋る事でもないだろう。

「それじゃあ、僕は急ぐので。失礼します」
「ああ、待ちなさい。皇慈くんなら聖堂に居ますよ」




 天空の祝福。惜しみなく降り注ぐ陽光にステンドグラスがキラキラ輝く。
 長く続いた灰色の世界。けれど今日は雪景色をより美しく魅せるような快晴だ。
 母性に満ちたマリア像も、心成しか微笑んで見える。

「――どうか燕が無事で、ご家族と楽しい時間を過ごしていますように」

 祈りを捧げる皇慈の後ろ姿は熱心で。そっと近付く影にも気付かない。

(ごめんなさい。その祈りが届く前に、帰ってきちゃいました)

 申し訳なさを心の中で詫びる。
 それでも皇慈は瞼を閉じ、両手を組んだまま。祈りの姿勢を崩さない。
 燕は正面の扉から入ったのではなく、天志に裏口を通らせてもらった。
 だから皇慈の集中は何時まで経っても途切れず。燕は故意ではない盗み聞きに、背筋がソワソワと落ち着かない。

「嗚呼、燕燕! 私の大切なアナタ。どうか君の人生に途切れぬ幸福と愛情が降り注ぎますように。そして誰よりも愛してる。今すぐにでも『イエス』を伝えたい」

 気恥ずかしい。
 慈悲深く両手を広げるマリア像も、そう思っていそうだ。

「皇慈さん……。その気持ちは嬉しいけど、もうやめて。理性が吹き飛ぶ」

 当事者である燕に至っては、羞恥の炎が全身を焼いていた。
 皇慈は自分が一人だと思っているので仕方がない。が、その唇が紡ぐ惚気台詞連発は最早羞恥プレイの域だ。

「……空耳だろうか? 燕の声が聞こえる」

 やっと自分以外の存在に気付いた皇慈がギクンと目を開け、気まずそうに振り向く。
 燕は咄嗟に身を伏せ、長椅子の間に隠れた。

「そんなに嬉しかったですか……プロポーズ」

 皇慈が恋人の姿を探して視線をキョロキョロ巡らせる。しかし燕は立ち上がらず、その状態のままで問いかけた。
 照れて弾む声音が荘厳な空気に反響する。

「ッ! 何時から、聞いていたんだ?」

 本当の独り言を聞かれた頬が、瞬時に赤く染まる。
 その声も恥ずかしそうで。皇慈の全身も羞恥の炎が駆け巡っているのだと分かる。

「どうか無事で。の、あたりからです」
「殆ど最初じゃないか」
「ごめんなさい。話しかけるタイミングが中々掴めなくて」

 燕は正直に答えた。
 しかし感動的な筈の再会が真っ当に向き合えない程恥ずかしい。

「それで、えーと。プロポーズの返事は、今聞けるんでしょうか?」

 それは解りきった応えだけれど、燕の緊張は最高潮。早鐘を打つ心臓が口から飛び出てしまいそうだ。

「今は駄目だ。燕の顔が見えない」

 フッと、皇慈の影が長椅子に近付く。
 燕が慌てて顔を上げれば、愛しい恋人と視線が重なった。

「やっと見付けた。燕は隠れんぼが上手だな」

 皇慈が嬉しそうに微笑んだまま腰を下ろす。

「皇慈さん」

 1日ぶりの恋人は変わらず綺麗で、簡単に消えてしまいそうな程儚い。

「ご両親には沢山甘えて来たか?」
「いえ。そんなに特別な事は何もせず」

 燕の肩口に皇慈のそれがピトリとくっ付く。
 温かな体温が愛しい。燕の還るべき場所は、もう皇慈の隣なのだ。

「でも、皇慈さんとの事は承諾してもらいました」

 燕は呼吸を整え、改めて皇慈の瞳を見詰める。
 聖堂を満たすステンドグラスの輝きは青色が強く、空間全体が幻想のベールに包み込まれているようだ。

「そうか、頑張ってくれたんだな。けれどご家族は驚かれただろう」
「ええ、まぁ。同棲は兎も角、結婚は未だ速いんじゃないかって。一晩中家族会議でしたよ」

 そもそもどちらが『旦那様』で『お嫁さん』なのか、同性同士だと其処も問題に挙がった。
 何故か戦国時代の衆道エピソードまで話が逸れたりもしたが、それは深夜のテンションがそうさせたのだと認識している。

「ふふ。聞いているだけで、燕のご家族は楽しそうだ」
「まぁ、兄弟が多いので騒がしくはありますが。仲は良いですね」

 燕が立ち上がり、皇慈へ右手を差し出す。
 床を彩るモザイク画は見事だけれど、其処を這う冷気層は体温を容赦なく奪ってゆく。
 唯でさえ寒い雪の日だ。燕は皇慈の体調が気に掛かる。

「で、本題。僕の『旦那様』と『夫』、どっちになってくれますか?」
「ん〜。難しいな。燕は私の『お婿さん』と『ダーリン』、どちらになってくれる?」

 皇慈も立ち上がり、燕の冗談めかした質問に付き合う。
 それは呼び方が違うだけで、ほぼ同じ意味だ。
 二人はクスリと笑い合い。1日ぶりのキスを交わした。

「指輪。一緒に選びに行こうか」



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あきゅろす。
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