ぼやきながらも怒る様子のない剣八の姿に、周囲の女性客は怖さと興味と半々で見守ってしまう。

「剣ちゃん、これ欲しい」
 大きなクマの形をしたチョコレートはやちるの身長くらいの大きさで、テディベアと呼ばれるクマのぬいぐるみそっくりに作られていた。
 指差しねだるが、一点しかなく目立つ場所に飾られているところから、売り物ではなさそうだと剣八は思った。

「ここ、見てみろ。飾りだって書いてある」
「えー、食べれないの?」
「そうみてーだな」
 本当のチョコレートで作られてはいるのだが、違う解釈をしたらしい。いっそ食べられないものだと思ってしまえば、やちるの興味は他へ向くので剣八はあえて正そうとはしない。
「あっちに、おめーの好きなケーキってのがあるぜ」
「本当?」
 背の高い剣八は辺りを見渡し違うコーナーの商品を見つけた。チョコレートよりも大きくて腹の膨れそうなものをやちるへと示したのだ。
 やちるは背伸びをして人ごみの向こうに見えるはずのケーキコーナーを見ようとするが、何せバレンタインデー直前だけあって、女性客だらけの売り場では思うように見えない。
「どこー?」
「ほれよ」
 剣八は何時もの指定位置へとやちるを乗せる。
「わーほんとだ!ケーキがある!剣ちゃん、あっちあっち」
 肩に乗せられたやちるはケーキコーナーを眼にして、剣八を早速促した。
 女性客を弾き飛ばして進む訳にも行かず、(だが剣八が歩くだけで自然と人波が分かれていくのだが)ゆっくりと歩いて向かった。

「すっごいね、いっぱいあるよ」
「ああ」
 やちるは剣八の肩に涎を垂らしてしまいそうなくらいだ。
 珍しく迷うような気配を見せているやちるに、剣八は首を傾げた。
「どうした?やちる」
「いっぱいあるよ、どれにしよう」
「へえ、おめーでも悩むのか?」
「だって、ほんの少しの時間だけなんだもん…」
「はっはぁ、そういうことか」


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