アーザの火
12
――目が覚めた江月が見たのは、縄で縛られていた自分の姿と野次馬の人だかりだった。
「こいつ、軍人だぜ?まぁた何かやらかしたみたいだな。ったく勘弁してくれよぉ」
「死体だらけじゃないのさ。ここのママ、ぶっきらぼうだけど良い人だったのにね。可哀想よ……」
遠巻きに見つめる人だかりが一層ざわざわと騒ぎ始めると、さっと一列の隙間をつくる。
そこには江月にとって最も愛おしい人物が迎えにきていた。――軍服を纏った内海だ。
江月の顔が一気に明るくなり、華やぐ。
「うつみッ!!あいたかったッ!!ごめん、おれ……くにさだ、ころせなかったよ」
途端にしゅんとうな垂れる江月に内海は意味ありげに微笑む。
「国定も殺したら江でも許さへんで?捕縛や、分かっとるな?」
「でもッ!!ぐんのめいれいでは、せいしはとわないって……ッ!」
「江……」
縄を解いてにこやかに語りかける。だが、そこには静かに怒りを込めた眼差しが含まれていることに、江月は気づいていた。
「わ・か・っ・と・る・な?」
観衆は誰もが気が付かない。けれども江月にとっては鬼のような悪魔のような微笑で威圧を感じさせられる。
殺意すら込められた視線の前では、ただただ恐怖に慄くばかりだった。
「ひッ!うつみ……こわいッ!」
そのうちとうとう泣き出してしまい流石にやりすぎてしまったと、自分でも反省しながら内海はポンッと軽く頭を撫でる。
「せやなぁ、国定はわいが必ず捕まえるで?江月もそれでええな?」
「う……うん」
素直に頷く以外に道はなかった。そうでなければ、罰が与えられていたかもしれないからだ。
そういえば、最近罰のように内海に抱かれていない。江月は、自分が命令違反しているからなのかと勘違いしている。
――だって、くにさだ……だいきらい。ころしてやりたい。
そうすればもう、うつみはおれのものだから。
内海が江月の心中を察する間もなく、大将や中将の死体の搬送を後からやってきた軍人等に任せ、本部で火葬する。
一応魂が輪廻できるようにとのことで、そういう信仰深い一面が黒翼にはある。
「やっぱり、わい以上でなきゃ国定はやられへんねん。軍もわかっとらんなぁ。無駄に死体増やしただけやないか」
前髪をかき上げながらはぁ―ッと内海は深いため息を吐く。
横目で江月に合図を送って、民衆がというより野次馬が見守る中それぞれ一旦古城に引き返すため、翼を羽ばたかせた。
一方、国定たちはというと、皆沈んだ顔で目的地の離れ小島まで来ていた。
ここに強いイーリスの柄の反応があるからだ。
夜通し飛んでいたせいもあり、民宿などない小さな孤島で交互に見張りを立てながら外で休息を得ている。
一番最初に消耗の激しい雲母と霧也と、ついでに真白を寝かせ、二人で結局は行動する流れになってしまった。
「国定、色々あっていい忘れてたけど、ごめん」
頭を下げて、謝罪すると……国定は御堂の髪の毛をわしゃわしゃと掌で撫で上げる。
「うるせーよ。もう過ぎたことだ。一々気にすんな」
「うん。でも、本当に余裕なくなって焦り過ぎたのはあるから……そこはごめんね?」
またいつものように困った顔で笑いかける。御堂は眉を少し下げながら口角をあげるのが得意だ。
より一層、御堂のヘアスタイルを掻き乱すように国定は撫でる。ぼさぼさになった髪でもまだ困り笑顔のままだった。
「普通に笑えねぇのか、お前は」
「……今は無理かも」
とほほといった御堂の声がこちらにまで聞こえてきそうである。仕方がないかのように、国定も普通の笑顔の追求をやめにした。
「約束しろよ。もうあんな事はすんなって」
“あんな事”とは勿論キスの事だ。人工呼吸ならともかく、舌まで入れてキスしたのは明らかに不味い。
ましてや国定には相思相愛になれた他に想い人がいるのだから。しかし、御堂は今度は不遜な笑みで国定を凝視する。
「さぁ?国定次第だよ。ちゃんと嫌がって抵抗すればしないしさ」
「あぁ!?嫌がるに決まってんだろうがッ!!あ、あの時は意識もはっきりしてなかっただけだッ!!」
「それはどうだか……。ねぇ、寂しいんでしょう?国定。俺なら今すぐにでも心の寂しさを埋めてあげるのに」
「だからッ!!その手にはのんねぇぞッ!!俺が今好きなのは内海だけだからな」
「国定ってさ、いつも強気なくせに意外ともろいんだよ?気づいていないだけで」
額に手を当てて、国定は首を横に大きく振る。
「ちげぇよ。勝手に決め付けんな。俺は……内海を信じてる。必ずあいつが俺の元に迎えに来るってな」
だが、そんな一縷の希望は御堂の曇った表情で打ち消される。
「知らないんだね。まぁその方が幸せかもね」
「……おい、どういうことだッ!!知らない方がだとッ!?説明しろッ!!」
大きく御堂の両肩を揺さぶったが「今度、本人に会ったら聞いてみるといいよ。いつかは会うんだから」と言ってはしばらくの間沈黙が続いた。
お互い見つめあったまま黙り込んでしまったが、この均衡を崩すかのように先に口を開いたのは、寝ていたはずの雲母であった。
「うぅん。何ですぅ?騒々しいですねぇ」
「あぁ、ごめん雲母、起こしちゃって」
御堂が雲母に謝ると、国定は煙草を取り出し、一本吸い始めた。自分が声を大にして雲母を起こしたにも関わらず、相変わらず不遜な態度だ。
そんな国定の様子に呆れ返ったのか、一瞥もせずに御堂は「雲母、ゆっくり休んでいていいから」とだけ声をかけると、雲母は沈むようにすやすやと寝息を立てて寝始める。
そうしてお互い気まずい空気の中で交代の時間まで一言も会話をせずに、おもいおもいに過ごしていた。
――それから約3時間経った後、今度は真白たちの交代の時間になってしまい、結局御堂とは仲たがいしたまま休息を得る。
「何、二人して怒ったような顔してたけど、喧嘩でもしたのかな?」
好奇心から声を上げたのは真白だった。抱えられて飛行している最中も、うとうとと眠ってしまいこのメンバー内では一番寝ている方だ。
真白が一番元気な姿に霧也はほっとしたのもつかの間、雲母から相槌を受ける。
「そうですねぇ。私一度起きたんですが、何だか二人とも機嫌が悪そうでした。多分言い争っていたので、眠気からくるものでもなかったと思いますぅ」
「ったく。国定ってさ案外ガキだもんねぇ。御堂って人が苦労する訳だ」
「それには同意するがな。お前等ももっと休息をとった方が良い。俺だけ見張りがいれば充分だろう」
霧也がそう提案すると、真白は素直に良いの?と言ってくる。まだまだ寝足りないのだろう。
しかし雲母は「私一人が起きていますよ。霧也さんこそお疲れでしょう?見張りをしますから、寝てて良いですよ?」と健気に申してくる。
振り払うかのように、霧也は雲母を静止させる。
「女では……まして雲母の魔法では、軍の連中が来ても対処できないだろう?俺が起きていれば良いだけの話だ。二人とも無理せずに寝ていろ」
「だってさッ!ここは甘えちゃおうよ雲母ッ!!僕等では軍人が襲ってきたって対処の仕様がないもんね」
納得せざるを得ないのもあるが、良心の呵責からか雲母は中々首を縦に動かさなかったが……真白がねッ?と小首を傾げればついつい霧也に甘えてしまった。
「では、私たちはもうひと眠りするので、霧也さんお願いします」
ぺこりと律儀に頭を下げて、雲母と真白は再び眠りにつく。そんな様子を愛おしそうに、霧也がそっと遠くから見つめていた。
――見張りの霧也以外全員が起き上がると、ようやく動き出す。まず、雲母の魔法で柄の反応が強い場所に向かう。
一軒の家を見つけた際、コンコンとドアを真白がいつものようにノックすると、中から女性の黒翼が現れた。
「なあに?どちら様?」
昼間なのに気だるげに尋ねてくる女性の部屋は大層散らかっていた。だらしがないのだろうか。
真白はお構いなく話を続ける。
「貴女と同類の者です。“メイオ”とだけ言えば分かりますよね?イーリスの柄をほんの少しで良いので触らせて欲しいのですが」
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