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アーザの火
11
――何で?とかどうしてなのかとかいう疑問は与えてくれなかった。
 変装しているためか、江月はすぐに御堂がいることには気がつかない。

 それだけが不幸中の幸いだが、雲母と隠れるようにしてカウンター内に入り込む。

「ちかくにいるんでしょ?まじょとくにさだ。おれがくにさだころすから、おまえたちはほかのぜんいん……はいじょ」

 もうここから先は悲劇と断末魔が生み出される。魔法が使えるといっても、ほとんど実戦経験のない客たちは次々に殺されてゆく。
 ある者は業火に焼きつくされながら、ある者は氷魔法で全身氷漬けにされたりと悲惨だった。

 おばさんも、カウンター内で足をガクガクさせながら、両手を耳で塞いで泣きながら丸くなり怯えている。

 御堂も負けじと慌ててカウンターテーブルに魔力を送り込む。大きかったがそれなりに浮遊すると、黒翼たちに一気に叩きつけるように投げる。
 頭部に直撃した二人の黒翼を殺害したはいいものの、まだ江月を含めて残り四人軍人がいる。雲母には御堂の後ろに隠れているように言ってある。

 
 カウンターテーブルが無くなったことで丸裸にはなってしまったが、近くのテーブルにも魔力を注いでふわふわと浮かばせている。
 江月がようやくこちらに気づいたようだ。視線と視線がぶつかり合う。

「なぁんだ。みどうのほうか。ね?くにさだもいるんでしょ?ってあれいないの??」

 辺りをきょろきょろと見渡して江月は国定を探すが、それらしき人物はいない。
 殺した人間もほとんどが中年の親父ばかりだ。その間もまた一人また一人と殺されてゆく中で御堂も必死になって応戦する。

 だが、雲母を守りながらだと、どうしても動きが鈍る。されど、元・中将の力を甘く見ては困る。
 軍の黒翼もほとんどが中将以上とだけあって、魔法発動が速い。分の悪い戦いの中でも、何とか周りの物を駆使して洗脳してゆく。

「でもさ、ちかくのやどやには……いるんじゃないのかなぁ?ねぇ、みどぉ?」

 江月だけがこちらに向かってこなかったのは、多分国定が狙いなんだろう。国定以外は標的じゃないかのように。

「な……なんなんだいッ!?あんたらは知り合いなのかいッ!!?よくもウチの酒場と客を……ッ!!!」

 ただ黙ってやられるつもりもないマスターのおばさんは、雷魔法で応戦する。
 しかし……黒翼の氷魔法で氷結された塊が阻む。まるで通っていない避雷針のような役割を果たしている。

 それもそうだ。軍人と一般人の魔法では威力も速さも数倍違う。最初から敵うわけもないんだ。
 国定と同じような風魔法を使える黒翼が――彼女の両腕をかまいたちのようなもので切り裂いた。

「ぎゃぁあああぁああああああッ!!!!」

 血が大量に流れ出て、切断面からは骨がみえている。

「もう、やめてくださいッ!!!貴方たちの狙いは私たちの筈なのに、どうして関係の無い人まで殺すんですかッ!!?」

 御堂の後ろで隠れていた雲母が声を張り上げて、泣きじゃくっている。
 話し合いでは解決できないことも御堂はよく理解していた。だからこそ、こうして自身も武力行使しているのだ。

 黒翼たちはただ何も言わずに、与えられた使命を全うすべく次々と魔法を駆使してくる。
 御堂は酒場にあるワインや他の品々を浮遊させて、操りながらも攻撃の手は緩めない。

 けれども、酒場の物だけではもう歯が立たない事が分かっていた。此処にある物では氷の壁に全て砕かれてしまうからだ。
 じりじりと壁際に追いやられた時には四方を囲まれてしまっていた。

「これで、おわりだね。みどうもそのおんなも、ばいばい」

――最後に、国定に謝りたかったなぁ。


















……なんて考えていると、一陣の風が舞い込んできた。
 氷魔法を使える黒翼の首がいとも簡単に吹っ飛ぶと、江月以外の軍人が次々と喉元を見えない何かが掻っ切り、死に絶えてゆく。

「くに……さだぁあああああッ!!!」

 江月が鬼のような形相で扉の方向を見つめると――いつもの安心できる顔がそこにはあった。

「江月か。随分暴れてくれたじゃねぇの」

 そう、国定が風魔法で江月以外の軍人の黒翼を倒してしまうと、ただ一人になっても腰にぶら下げた短剣を片手に走り出す。

「くぅにさだぁぁあぁああああああッ!!!」

「やめとけ」

 と国定が言言い終わる前に、御堂が浮遊させたワインボトルで江月の頭部を直撃させた。
 その場に気絶して意識がなくなって倒れこむ。国定は「帰るぞ二人とも」と言っては二人の傍に寄った。

 しかし、雲母だけは泣きはらした顔で怒りつつ、国定の顔にビンタする。
 自分でやった分も含めると本日二度目にぶたれた頬を手で押さえつつ、雲母を見下ろす形で目線を合わす。

「待って下さいぃッ!!この方は酒場にいたお客さん全員殺させたんですよ?!見逃すんですかッ!!?」

 雲母待ってという御堂の声を無視してキッと国定を睨みつける。
――小さいくせに、いつもはオドオドしてるくせに大した度胸だ……。

「こいつは殺せない。内海の副官なんだ……」

 だが、そんなの関係ないといった具合に雲母は国定へと迫る。

「今ここで息の根を止めないでいたら、また襲ってくるじゃないですかッ!!いくら白翼の人だからって甘すぎますぅッ!!」

 やれやれといった風に、国定は子供をあやす様に軽くあしらう。

「江月は殺さない。内海の大事なペットだ。どうしても殺したいなら俺を倒してからにしろ。出来るのか?ひ弱なお前に」

「…………馬鹿にすんなですぅうううッ!!!」

 今にも国定に対して喰ってかかろうとする雲母を御堂が宥める。

「雲母ッ!!もうやめてくれッ!!江月は俺たちの知り合いなんだ。殺すことは出来ないよ……」

「でもッ!それじゃあ酒場の人たちは……ッ!?浮かばれないですぅ……ッ!!あんまりですぅッ!!」
 
 ただ、一人両腕を切り裂かれたマスターのおばさんにはまだ息があった。
 国定がそれを見つけると……「おいッ!真白を呼んでこいッ!!今すぐにだッ!!」と叫び、御堂が雲母を連れて宿屋まで猛スピードで飛行してゆく。

 そうして、真白を引き連れてきたと共に勝手に付いて来た霧也も含め全員が酒場に出揃った。
 江月は今は意識がないが、いつまた目覚めるかも分からないので、無理矢理霧也に縄で拘束させる。

 真白は自身の羽を光り輝かせると、虹色に染まったそれをもいで切断されて転がった両腕と繋ぎ合わせる。

「血が足りないようなら、イーリスのナイフ必要になるけど、作ってる時間ないねッ!!」

 突然光が腕の周りに纏わりつくと――みるみる内に腕のつなぎ目が再生されてゆく。
 羽を数枚もいだことで、痛みが生じたのか、真白の表情は多少苦痛に歪んだが、気遣う余裕はない。

 見事おばさんの腕はくっついたが、意識は取り戻さない。血を流しすぎた代償だった。
 真白の努力も虚しく、彼女は息を引き取った。

「急いで来たけど……間に合わなかったね」

 ぽつりと真白が言葉を漏らすと、その場に愕然と崩れ落ちる。雲母はただただ泣きじゃくって、御堂の背中に顔をうずめている。

「フルーツパイ、あんなに美味しかったのにぃ……ッ!!」

 唇をかみ締めて、雲母が嘆く。それにつられて苦しげに御堂も顔を横に背けた。

「俺のせいだ。酒場に来たから……ッ!!雲母まで危険な目に合わせてッ!!」

 国定が御堂と雲母の傍につかつかと歩み寄る。

「それは違うだろう。様子を見る限りじゃあ、ここを破壊した後に宿屋もろとも攻撃してきた筈だ。お前らの帰りが遅いから気になって来てみたら……これだもんな」

 御堂のせいじゃないとでも言うかのように、国定は両肩に軽く掌を乗せる。

「そもそも、よく御堂たちが酒場にいるのが分かったな、アンタ」

 ここにきてから一言も会話をしてこなかった霧也が、生じた疑問を述べる。
 面倒くさそうに、投げやりに国定が質問に答える。

「隣部屋だったから会話聞こえてたんだよ。酒場に行って甘い物があるかとか話してたしな。で一番近い酒場がここだったって訳だ」

「それでか……」

 納得した面持ちで霧也が頷くと、真白は居た堪れなさそうに拳を握りしめていた。
 
「ごめん、僕がもっと早く来ていれられれば……この人だけは救えたかもしれないのに」

 雲母に向かって真白は、ぽつりぽつりと語りかけているようだった。
 ぶんぶんと首を横に振って、雲母は涙を流しながらも尚、無理やり笑いかける。

「もう気にしないで下さい。誰が悪かったとかはもうよしましょう。今は死者に黙祷する他ないですしね」

 小さな両手で涙を拭うと、雲母を中心に短い黙祷を皆で捧げた。
 江月は未だ起きる様子がないので、急ぎこの場に残したまま、一行は宿屋に荷物を取りに来ては早々に旅立っていった。
 

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あきゅろす。
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