アーザの火
3
1時間ごとの仮眠と交代で見張りを続けながら、朝早くに民家をでる二人の姿を発見する。
急いで御堂を叩き起こした国定は、気づかれぬように後を追っていった。
その頃真白は霧也とすっかり打ち解けていた。
「白翼の奴隷になんでなろうと思ったの?」
「何でというか、親に売られた。だが、娼妓の方がテンで駄目でな。ったくむさ苦しい俺を抱きたがる変態野郎にはまいったぜ。殴って抵抗してキャンセルされたしな」
「ふーん。売られちゃったんだね…。如何に白翼が生き苦しい世界なのかって思い知らされるよ」
悲しげに震える真白の睫毛を見て、霧也はお前のせいじゃないだろと返してくれた。
片翼の真白を力強く抱きしめて飛ぶ姿が優しそうで、つい頼ってしまいたくなる。
でも、メイオの事は強く聞かれないかぎり答えるつもりはなかった。
不意に霧也が支える力を強くしてくる。
「だけど、お前男…なんだよな?胸ないし。最初は女かと思ったぞ」
「あぁ、ごめんッ!言わないと分かんないよね?僕ずっと女装したまま生活してたし、髪は長いし分かんないのも無理ないよ」
他愛無い会話で平和だった。二人を尾行していた国定と御堂も会話は聞き取れなくても笑顔の霧也を見かけひとまず安心する。
「良かったな。ひとまずは。あの霧也って奴も俺がいないほうが生き生きしてやがる」
国定の悪態に御堂は苦笑をもらす。
「しかし、あの子……真白は何で俺を信用できないんだろう??」
そう。そこだけがひっかかって未だに謎のままだ。
「さぁな。俺に聞かれてもってやつだな」
両手を頭の後ろに組んでみても、やはり分からない。軍は疑心暗鬼だらけの組織だが、その上の裁判官共もイマイチ信用ならない。
例え親交のある行雲であってもだ。だから真白の気持ちも分からなくは無いが、御堂は国定を愛してるとまで言って軍を抜けてこうして今も手助けしてくれている。
頭に組んだ腕を下ろし、御堂の方を見ていると安心もするし落ち着ける。もしも、先に出会ったのが御堂だったら――好きになっていたかもしれない。
そんな国定の視線に気づいたのか、御堂は手を握りしめてきた。
「好きだよ、国定。俺なら国定以外誰とも寝ない。内海元帥はいずれ俺たちの敵になるよ?だから、俺が必ず守ってみせるから」
「気持ちには応えてはやれないが……その、ありがとう」
「今はそれで充分だよ。こちらこそありがとう、国定」
手と手を繋がれたまま飛行していると――見覚えしかない軍服姿の黒翼五人が真白たちを取り囲んでいた。
そのうちの一人は中将の位まで上った、あの忌々しき10年前の火魔法の上等兵だった。
「軍からの緊急通知で知ったぞ……ッ!!魔女めッ!!この私に出会ったことを後悔するんだなッ!!」
しまったッ!中々奴を始末できるチャンスに恵まれなくて今の今まで放置していた国定と御堂が慌てて間に入った。
「よう、ひっさしぶりだなぁ?部署が違えば会うこともなかったのになぁ。最高のタイミングで現れやがって」
「なッ!?貴様ら国定大将に御堂中将だと…ッ!?」
「お久しぶりです。上等兵どの。今は俺と同じ身分でしたっけ?」
中には大将も混じっていて、そいつは水魔法の使い手だった。弱点同士で戦うと威力が互いに貫通しあい増大し、共倒れするので避けるのが常識だが、共闘するには最高の組み合わせだった。
霧也と真白は目を丸くしている。尾行されていた事に気づけなかったんだろう。
すっと懐からナイフを取り出し霧也も臨戦態勢だが、片腕で真白を支えているため上手く力が入っていないのが手に取るようにわかる。
「あんたたち何でッ!?何で追っかけてきてたんだよッ!?」
真白が抗議の声を上げても、国定は眉一つ動かさなかった。
「決まってんだろ?お姫様を助けに来たんだよッ!!」
その一声が開幕の合図だった。当然敵の大将は忌々しい中将と連係して魔法を発動させようと腕を翳したが――
「ばーか。おせぇよ」
国定の風魔法の発動が速過ぎて――場にいた敵五人全員の首を風が掻ききった。
あっという間の出来事だった。霧也にも速過ぎて認識できぬ間にはらはらと死体だけが急降下する。
「あの時、本気出していなかっただろアンタ」
ナイフを鞘にしまうと、霧也はこれが本物の風使いの恐ろしさだと知った。
「本気出してたら殺してたぜお前を。まぁ、白翼の中じゃ江月より速いぐらいだから、大したもんだったぜ?」
「ってっちょっと待ったぁッ!!僕抜きに会話しないでくれるかなッ!!何でストーカーみたいに、ついてきてるのさ」
会話に入れなくてとうとう怒りだした真白がじたばたと霧也の腕の中で暴れだしていた。
「おいッ!暴れるなッ!落ちるぞ」
「ひッ!!やめてよーッ!!落ちて死にたくないッ!!」
大人しくなった真白を霧也は再び両手で抱えると、改めて国定と御堂に向き直った。
「先ほどは助かった。多分アンタたちがいなければ今頃は…ッ。真白もそこは感謝するべきだ」
「ありがとうございまーした」
全く誠意のこもっていない礼に、御堂が見かねて口を開いた。
「君が俺を信用できずに独断専行した。軍はこれからも君を追いかけ続けるだろう。死にたいなら勝手にすればいいけど、この先どうしたい?」
「だってッ!!アンタはッ!!」
「アンタは……何かな?」
「ひッ!!」
二人の間に何か強烈な違和感を覚えたが、国定が仲裁役を担う。
「脅すな御堂。真白、俺は軍に喧嘩売るためにお前をここまで脱出させた。だからこれは俺にとっては賭けだ。軍に捕まってまたモルモットになりたいのか?」
首を横に大きく振って真白は否定する。そんな姿に国定もほっと胸を撫で下ろす。
「俺たちの力が必要なのは今のでよっく分かっただろ?だから、別行動とるな。いいな?これは命令だ」
命令と言いながら、優しく微笑みかけてくれている。思ったより良い人なのは分かっている。
分かっているが真白にはどうしても納得できない理由があった。
ただ、今の状況を考えれば、この二人と組んで行動した方が明らかに得策だ。
釈然としない気持ちを胸に秘めたまま、ただ国定を見つめて真白は頷いた。
「決まり……みたいだねぇ!じゃあこれからは何処に向かう?」
何故だか妙に明るい御堂だが、そういえば説明し忘れていた事柄を話してみた。
「うーん。ルーア・ルースねぇ。そんな場所本当にあるのかい?行くあては??町で地道に情報収集するしかないにせよ、記憶消されるんだね……俺と同じ洗脳タイプだねきっと」
洗脳タイプと一口に言っても色々いる。御堂は物に宿った記憶を読み取る事は出来ても、記憶の操作までは出来ない。
そうだ!と言わんばかりに御堂が真白に問いかける。
「ルーア・ルース出てから今まで何か身に着けていたものとかは?俺、物から記憶読み取れる特殊能力もあるんだよね」
「出てから…?さぁ?もう何年も前の話しだし、あったとしてもあの屋敷まで取りに行かないといけないよ」
そこはもう軍の管轄化になっているであろうし、引き返すのはリスクが多すぎる。
どうしたもんかと悩んでいたら、真白がふと思い出したかのように声を上げた。
「イーリスの柄!!あれはルーア・ルース出てからずっと持ち歩いていたッ!!使い道も分からないものだったけど、元在さんに出会ってから使い方分かったんだよッ!!」
何でも、メイオというのは白翼が生み出した武器は触っても溶けてしまうらしい。
けれど、自身の羽を10枚使えばイーリスのナイフが生成でき、柄は触っても唯一溶け出さない。
だが、一度きりの使い捨てのナイフらしいが、痛覚が遅れてやってくるのも特徴の一つのようだ。
イーリスのナイフには傷つけるだけの効果のみではなく、国定を治療した時のような方法もあるんだと、御堂も改めてその事実を知ることができた。
「でも……元在さんの家は、もぬけのからだった。僕の屋敷にだって柄はもう残ってないよッ!!軍で押さえちゃってるんでしょ?!」
国定と御堂はただ黙ってうな垂れた。軍で回収しているに決まっているからだ。
だが、霧也だけはこの状況下でも冷静だった。
「その真白の屋敷の確認だけは出来るんじゃないのか?さっきのアンタならどんな奴でも風魔法で一発だろ」
「そうだな……雑魚なら30人は一気に殺せる。だが、元帥クラスともなると……俺と同じぐらい魔法速度が速い。無茶だ。無謀だ。第一残っていると本気で思えるのか??」
霧也に問いかけた国定はもう万策ここに尽きるといった面持ちだったが、意外にも御堂が賛同する。
「表に何人兵がいるのかだけでも確認できなくはない……かもしれないよ?危険だけど、他に方法あるかい?」
「元帥以上がいないに賭けろってか?とんだ博打だな」
皮肉な笑いに、御堂もつられて吹き出してしまう。そんなやりとりを間近にして真白や霧也までもを笑顔にしてしまう。
不思議な二人だ。二人でいれば何も怖くないかのような、揺り篭に包まれた安心感を周囲にまで与えてしまう。
スーッと深く息を吸い込んだ真白が宣言する。
「分かった。僕の屋敷内見るだけだからね?!無かったら即座に帰るよッ!!」
「その前に兵士が何人いるかにもよるよねぇ…」
と御堂が苦笑いで呟くと「しっかりしろッ!!」と国定から叱咤激励を貰う。
その晩は近くの都市で宿を取り、それぞれ二組に別れて就寝した。
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