アーザの火
2
戦力が新たに加わったとはいえ、不安は募るばかりだ。何処に逃げるあてもない。
一旦三人は大都市を飛び立ち、行くあての無いまま空をさ迷っていた。
シャーマの森では、国定の出身地のためすぐに軍に見つけられ捕縛されるだろう。
困ったとばかりに頬を掻いていたら、真白が見かねて口を挟んだ。
「ねぇ、行くあてがないんでしょう?正直な話。それならルーア・ルースを目指すといい。何処の大陸にあるのかも分からない、幻のメイオだけが生存している楽園さ」
「なん…だとッ?!」
真白を抱えながら飛行する霧也には何が何やらさっぱり検討もつかない話で、驚いて声をあげた国定に対し頷く形で真白の意見に同意を求める。
「メイオだとか何の事かはよくは分からんが、軍から逃げるのは楽ではないぞ。そのルーア・ルースのおおよその場所とか分からないもんなのか?できればそこに匿ってもらえればいいんじゃないか?」
「お前は何も知らないからそう言えるんだろうがッ!!第一おとぎばなしに過ぎない戯言のような話だ…本当に存在するかも分からないッ!!」
苛立ちを隠しきれない国定は、強く唇を噛みしめる。そんな国定に真白は強く断言する。
「あるよ。だって僕らが生まれたのもそこからだもん。ただ、記憶を消されちゃって、ルーア・ルースの事は各地にいるメイオの誰も覚えていない」
「……待てよッ?」
ふと国定の脳裏にある事実がよぎった。七人の裁判官共が知らない唯一の場所で、あえてそこを見つけ出すために泳がされているのか、と。
かつぎ裁判官もやけに素直に真白の解放を手伝ってくれた。なるほどな。それなら合点もゆく。
「行くあてが無いにしろ、危険すぎるッ!!俺たちがルーア・ルースに往くのを予測して場所を探り当てたい罠かもしれん。尚さらそんな場所目指せるかッ!!」
飛行速度を落とさぬように前進しているだけだが、真白と霧也には国定の言葉にいまいちピンとはこなかった。
「じゃあ聞くけど、何処に行くのさ?このまま飛んでたっていい案は思い浮かばないよ?各地に軍の補給地点やら関所だってあるんだし、どこも安全とは言いがたいなぁ」
見かねて霧也も国定に提案する。
「おとぎばなしだと孤島にあるだとか、どこぞの研究施設にあるとか定かではないが、ひとまず羽を休める孤島を目指さないか?ここから一番近いのは……フルタ島だな」
「あんな果実しかないような辺鄙な島か…。まぁいい。ひとまずはそこに行くぞ」
そう言って、国定が先頭を切ろうと飛行していた時だった。
三人に近づく一つの影を見かけ、いち早く気づいたのが霧也で、国定のそばにより耳打ちする。
「軍のやつか?一騎とはいい度胸してるよな」
その姿には見覚えがあった。金髪の髪をなびかせ、いつも国定の隣にいた――。
「み…どう?!!お前何でここにッ!!」
「やぁッ!国定もう新しい仲間作ったんだね。俺は敵じゃないよ。御堂って言うんだよろしくね?」
それでも霧也はともかく、真白の表情が怒りのものへと変化してゆく。
「あんた……一体どういうつもりでッ!!」
「あぁ、俺国定のいない軍なんてやってられなくなって逃げ出したんだよ。ほら、俺――国定を愛してるから」
傍で聞いていた国定は、今までずっと思いもよらない告白に動揺せざるを得なかった。
耳まで赤くなった国定の顔はいつかの真白のように茹だこのようになっている。
目を瞬かせ、呼吸が苦しくなって、胸が早く脈うつ。
「…ほ、ほほほ本気なのか御堂ッ!?落ち着けッ!!早まるなッ!!」
霧也もさっきまで怒っていた真白も二人して顔を見合わせて戸惑っている。
御堂はというと……何気なくさらっと朝食は何かな?と言った具合に言い返す。
「俺は落ち着いてるよ?国定。もちろん、初めて出会った時から好きだった。だから、内海元帥には渡さないよ?」
こんな急展開に真白もあきれ返ったように、首を横にゆるやかに振っている。
霧也はただ訳が分からずといった様子で、国定に至っては困惑していた。
「無理だ。俺には内海しかいない。今でも。だからお前の気持ちには応えられない」
「変えてみせるよ?俺が今までずっと好きだったこの気持ちも、少しずつ受け入れて貰おうと思っている。それじゃあ駄目かい?」
だが、二人の間に入るように会話をさえぎったのは真白だった。
「駄目ッ!!あんたも国定以外軍の人間は信用ならないッ!!国定ッ!!仲間に入れちゃ駄目だッ!!」
「俺は……ッ!!御堂とは親友のつもりだッ!!御堂は信用できるッ!!」
何故御堂を受け入れないのだろうか?単に疑心暗鬼に陥っているのだろう。
説得すればちゃんと分かり合えるはずだと、国定が思い込んでいた時だった。
「どうしても、そいつを仲間にするっていうなら、僕はこれから先、霧也とルーア・ルースを目指すよッ!!もう国定なんか僕の片翼でもなんでもないッ!!霧也に片翼になってもらうッ!!」
そういうと、真白は目配せして霧也がさらに加速して飛行していった。
最後に「俺のマスターは真白だからな。悪く思うな」と残して二人だけで旅立ってしまった。
「……ッ!!あの馬鹿野郎どもがッ!!御堂ッ!!追うぞッ!!」
「待ってたよその言葉。ありがとう、行こうか」
御堂と合流して仲間を得た国定は急いで二人の後を追う。
全速力の鍛えている白翼とだけあって、見失わないようについてゆくのがやっとだ。
人を抱えてまだあのスピードを保てるとはな……。やっかいなのを仲間に入れてしまったか。
安かったとはいえあまりに有能な奴隷は、時として毒にもなりうる事をすっかり懸念し損ねていた。
頭を抱える暇さえ与えられずに、国定と御堂は逃げる二人を追いかける。
そうして追いかけっこを続けているうちにフルタ島まで来てしまっていた。
ここには名前の通り果実が実る農園と小さな集落があるだけの島で、田舎といって差し支えない。
二人が民家に入るのを見て、説得に赴こうとする国定を御堂が宥める。
「今出て行ったら、また逃げられるよ?それより隠密行動で見張ってた方が良いんじゃないかな?」
「交代で見張ってろってか?全く、あの女男がまた軍に捕まっちまったら元も子もねぇのによ」
「そうだねぇ。でも、国定にはもう正直関係ないんじゃないのかい?どうしてあの子に固執するの?」
御堂が投げかけた問いに国定は口元を吊り上げて笑う。
「決まってんだろ?軍に喧嘩売るために真白を連れさってきた。だから、あいつが軍に捕まれば俺の負けなんだよバーカ」
「いいねッ!賭けの対象は真白。俺は国定も軍から守ってみせるよ。そのためにここまで来たんだし」
二人で白い歯をこぼしながら笑い合う。やっぱり御堂は国定の親友だと思えるには充分な夜だった。
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