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アーザの火
18
 入隊したての頃は二等兵だった国定も、2週間後には上等兵に昇進した。同期の黒翼と比べると、孤児の身でありながら異例ともいえるスピード出世である。
 力でのし上がれる世界とはいえ、孤児出身の国定は入隊当初は冷遇されていたにも関わらず、戦場で成果を上げると好待遇で迎えられ、周囲の…特に同期の見る目も変化していった。

 内海とは所属部隊が違い、自身も戦地へ派遣されたりと中々再会の機会は訪れないが、国定は忠実かつ冷徹に与えられる任務をこなしていた。


 古城でのせわしない日々が1ヶ月を過ぎ、久々の休日には酒場で御堂と2人で呑んでいた。あの兄弟の死を見届けた御堂とは、初陣以降も同じ部隊の配属なのですっかり意気投合し、内海やシャーマの森での事も話している。
 御堂は片手にジョッキを傾けながら、くるくると手首で回し、残りの酒を揺らし続けている。内海に会う方法がないかと御堂に訊いていたら、そんな動作をし始めた。

「ん―……。内海軍曹ねぇ。あの人、変わり者で“バイ”だって噂が有名なぐらいしか俺には分かんないや」

「はぁッ!?あいつが“バイ”!?馬鹿なッ!ありえん……ッ!!」

“バイ”とは男女の両方を性の対象、及び恋愛対象とする者の呼び名だった。カウンター席で手を付いて急に立ち上がった国定は、店にいた客全員に不審がられ、店主からは「お客さん、静かにしてね」と注意を受ける始末だ。
 否応なく席に座ると、御堂は幾度も瞬きをし、瞳孔は開いていた。

「……えッ?国定、付き合い長いのに知らなかったのかッ?!」

「あいつは…シャーマの森にいた頃は、女としかヤらなかった。いや、今だって女としかヤらねぇ筈なんだよッ!!」

 大きな音をだし、国定が再び椅子から立つと、店主が怒りを露わにした。

「お客さんッ!軍人だか何だか知らねぇが、うるさくすんならとっとと勘定して帰ってくれッ!!」

 御堂も額に手を当て「国定、場所を変えよう」と言うと勘定し、2人で店を出る。というより追い出される。
 途方もなくさ迷い歩いていると、隣で御堂が瞼を閉じて溜息を吐いた。

「……そんなに内海軍曹が好きなら、バイの方が国定には好都合だろうに、一体何が不服なんだ?」

 間をおかず、国定は否定の言葉を紡ぐ。

「俺は同性愛者じゃねぇッ!お前にも初陣の時に言っただろうがッ!内海と俺は…ッ!恋人なんて陳腐で安っぽい関係じゃねぇッ!あいつは……俺にとっての居場所そのもの……だ」

 消え入るように弱々しい語尾を発した国定は、沈むように落ち込んでいった。御堂はさも面白くなさそうに、前髪を弄りだす。

(国定は完全に激しい嫉妬に狂った恋する乙女だけどなー。過去の話を聞いた限りじゃ、内海軍曹も絶対国定の事好きなんだろな。で、俺は何だか無性にイラついてるけど)

 心中穏やかじゃない理由を御堂本人でさえ測りかねていたら、国定が翼を広げ、突然空へと羽ばたいていく。驚いた御堂も後を追う。

「国定ッ!どこに行く気だよッ?!」

 元々色素が薄い顔がさらに青白くなると、すっかり覇気をなくし、ふらふら飛んでいる。

「……古城に戻ってみる。内海がいるかもしれねぇ」

 最早独り言のようにうわ言をぶつぶつと呟く国定の姿は見ていられないと、御堂は元来の人の良さも手伝い、世話を焼く。

「じゃあ俺も内海軍曹を一緒に探してやるからッ!ったく」

(居場所…ね。……希望に溢れた救いの一手にみえるが、実態としては――縋らせて、依存させて、甘えさせて、弱くさせるだけだ。そして、2人で共依存しあい、あまつさえ享受している。本人達に自覚がない分、余計タチが悪い)

 本質の的を得ている御堂の独白は、今は胸にしまっておこうと国定を横目で覗きながら、密かに心の奥底へと押し込んだ。

 
――2人は古城に到着すると、黒翼の門番に内海の情報を尋ねてみた。

「内海はここに戻ってきていないかッ?」

「国定ッ!いくら幼馴染だからって階級が上の方の役職を抜かして呼んじゃマズイってッ!」

 幸い2人の門番達は、国定より階級が低い一等兵だったため、特に口出しされなかった。
 門番の1人が思い出したように、右手を握り、開いた左手の内側に乗せた仕草をする。

「あぁ、確か1時間前に古城に帰還されたような。今は訓練場で訓練の指導をされてるんじゃないでしょうか」

「そうかッ!助かったッ!」

「……?」

 何が助かったのか事情を知らない門番達は、互いに顔を見合わせているが、国定は構わず内海の元へ急行した。御堂も国定に離されないように、必死で飛ぶ速度をあげる。

(内海ッ!お前が“バイ”だとしたら、何でシャーマの仲間や俺には一切手を出さなかったッ!?大切な存在なら、シャーマの女でも……仲間内の誰かと本気で好き合ってくれたなら、それで納得できたんだよ俺はッ!なぁ、答えろッ!!)

 実際にはキスされたが、国定の中ではあれはノーカウントされ、手を出した部類には入らないようだ。

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