アーザの火 17 しかし、心に靄がかかったような気持ちはいつまでも晴れずにいる。 国定は内海に恋愛感情を持ってはいないが、シャーマで理不尽に嫉妬してきた女達の気持ちもようやく分かり始めた。 (俺は……どうしたいんだ?内海が恋人をつくらず、一生側にいてくれればそれで満足なのか?) 自問自答が頭の中で螺旋状に渦巻いていると、内海はあっけらかんと言い放つ。 「男同士って……別に同性愛は黒翼じゃ珍しくないやん?白翼は異性同士主義やけどなー」 珍しくはないが、少なくとも普通ではない。からかう様な口癖に国定は真意が測れずにいた。 「キスして、同性愛は珍しくないって言ってみたり……お前にとっての俺って一体なんなんだよ?」 確信に迫りたくて、つい胸にしまい込んでいた本音を漏らす。内海は瞬き一つせずに淡々としていた。 「前にも言うたやん。誰よりも特別な存在で、わいはお前の居場所で、側にいても離れてもいいって」 曖昧にはぐらかした言葉は、いつもと何一つ変わらなかった。国定はどこか釈然としないまま、もう一度内海の手を引いた。 「そう……だよな。ほらッ!とにかくこんな場所から早く出ようぜ」 「せやな。とりあえずそうするかー」 俯いて返事をした内海の睫毛が、震えているかのようにみえた。キスをされたのも、心配してトラウマにならぬようにかき消してくれただけの行為だ。 女としか寝たりしない内海を知っているし、同性愛はやはりおとぎ話で現実味がないと国定は固定観念で決め付ける。 (男同士とか……有り得ない。第一、俺と内海は“恋人”と簡単に呼べるような安っぽい仲じゃない) 内海が誰と何をしていようと、国定の居場所であるのには変わりないと納得した。 肉屋を出て大通りから飛び立つと、内海は繋がれた手を強く握り返して独白する。 (国定はわいの聖域や。誰にも汚させとうない。例えそれが自分自身であってもや) 2人はシャーマの森には戻らなかった。国定が強引に内海を連れ出し、ペカドルの都市を離れると適当な森に移住して2人だけで生活していた。 けれど、ささやかで短い日々が突然終りを告げたのは、隣に眠っていた筈の内海の温もりだけがベッドに残っていたからだ。 どこを見渡しても、内海は国定の側からいなくなっていた。 ――何も言わずに“古城”に出頭したんだと、いち早く察知した国定はもう一度シャーマの森へと戻った。 (相談もなしに勝手に出て行きやがってッ!俺はそんなに頼りないのかよッ!!) それでも、内海が必ず迎えに来ると信じていた。 仲間たちには、内海が人を殺して出頭した事も全部説明した。皆は皆で、2人が戻らないのを心配し、幾度も街で探してくれていたようだ。 内海を好いていた女からは激しく罵倒されたが、シャーマのリーダーは内海にかわって国定が受け継いだ。 他のメンバーは、18歳になった者から順番にペカドルから離れさせて自立させた。 そして、内海がいなくなってから3年の月日が流れたある日、大通りで道に丸まって捨てられていた新聞を国定はたまたま拾って読んでみる。 すると、そこには当時の軍の階級が個人名と共に載せられていて――軍曹の欄には内海の名前が書いてあった。 (どういう事だッ!あいつは服役していたんじゃないのかッ?!) 軍がどういう場所なのかも、内海が他の黒翼より抜きん出て強かったのも知っている。だから罪人として捕らえるには惜しくなり、利用価値があるから軍の犬にさせられたのか。 唇を強く噛み締めると、国定は決意した。 (白翼だろうと黒翼だろうと“敵”を殺すのも厭わない。軍はそういう場所だ。だが、内海がそこにいるなら――俺はただ、居場所を追うだけだ) 18歳になった国定はシャーマの仲間に一言告げると、ペカドルを離れ、古城を目指して――軍に志願した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |