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アーザの火
16

 内海は肩で息をしていて、男だった肉片と部屋中に付着した血をみてようやく正気に戻る。

(……あかん。殺人を犯してしもた)

 それは、取り返しのつかない罪であった。黒翼といえど殺人は罪に値する。
 といっても、殺した人数で罪の重さは決まり、1人だけなら刑務所に服役3年で済む。

 案外軽いものかもしれないが、罪人は身体の見える部分に焼印を押され、釈放された後に罪人だと分かれば人々に非難され、障害者と同様の扱いを受ける。
 街を歩くのでさえ、焼印を隠すような格好で常にいなければならない。

 
 職の幅もますます限られてくるし、むしろ釈放後に苦労は絶えず訪れる。
 内海はとりあえず国定の拘束を解き、服を着させた。なるべく瞳を逸らし、決まりが悪そうに国定に問う。

「……不躾やけど、どこまでヤられたん?」

「いや、別に性交はしてない。キスされたぐらい。舌入ってきてマジ吐きそうだったけど、噛み付いてやった」

 内海は安堵の表情を浮かべ、国定を抱きしめた。

「良かったわッ!!わいが助けなきゃ、危ないところやったなッ!そうか、処女守れたんやな」

「しょじょ?何で男の俺にいう?内海って変な知識も沢山知ってるよな…。で、どうすんだこれから」

 17歳で未成年という言い訳も、家族のように大切な人を助けるためという言い訳も通用しない。
 内海は、散乱した肉片と床の血だまりに改めて視線を落とすと、重い口を開いた。

「……“古城”に出頭するわ。何も、殺さんでも良かったしな。半殺しぐらいで止められなかったわいの責任や。3年はこっちに帰って来れなくなるんやなぁ……」

「シャーマの皆は……俺は、どうなるんだよッ?お前は……俺の居場所なのにッ!!勝手にいなくなるのは許さねぇッ!!」

 今にも泣き出しそうな国定をあやすように、内海は宥める。

「せやなぁ、わいが戻るまではシャーマの森に居てくれへんか?国定を必ず迎えに行く。お前は大事なわいの家族で……仲間の誰よりも特別やから。だから、泣くな」

 瞳を潤ませ一筋の涙を零すと内海はそれを舐めとり、やんわりと髪に触れたが、国定は勢いよくその手を払い除けた。

「……ざけんなッ!!なぁ、2人で逃げようぜ?このまま立ち去れば誰も内海が殺したって気づかねぇよ。シャーマの皆だってもう幼い訳じゃねぇし、大丈夫だろ。だから、俺と一緒に……」

 内海は運命を受け入れたように、首を項垂れる。

「多分それは無理やで。店番してる人間がおらんから、通行人が不思議に思って、自警団の奴らに報告してるかもしれへん。勘やけどな、わいは逃げれんような気する」

 国定は直ぐに立ち上がり、内海の手を引いて店から出ようとする。

「そんなの、やってみなくちゃ分かんねぇだろうがッ!!早くここを出るぞッ!!」

「……国定ッ」

 呻くように呼ばれて振り向くと、内海の腕の中に抱きすくめられ――唇を奪われた。

「……―――ッ!」

 何故、内海に口づけをされているのかは分からない。こんなことをしてる場合ではなく、一刻を争うというのに。
 内海は口を無理やりこじあけ、舌を差し込み、国定の舌に絡みついてきた。吸いつくように舐られ、口内がねっとりと滑る。

 店員の男にされた時よりもずっと優しく、甘さまで感じる程内海の口づけは嫌ではなく、国定も自分から舌を交わらせた。

「……んぅッ!」

 鼻で呼吸するのを忘れ、息が苦しくなり軽く胸を叩くと、顔を離され内海が吹き出すように笑っていた。

「息ぐらいちゃんとせぇよー。で、さっきは舌入ってきてマジ吐きそうだったって言うたやん。わいとのキスはどうやった?」

「……嫌だったら噛み付いてた。なんか甘かった気がする。ってか、何で突然キスしたんだよ?」

 髪を乱されつつ頭を撫でられると、内海は僅かに躊躇いながらも明るく語った。

「……国定がいつか心底惚れた人とする時に、あの男とのキスがトラウマになってたら困るやろ?せやから忘れさせてやったんやで!」

「余計なお世話だ。……男同士なのに、お前何考えてんだよ」

 内海は本当に変わり者だ。見目はそこそこ格好いいので、14歳の頃には街で女を口説き、シャーマの森に帰らず外泊するのも珍しくなかった。
 いつもは国定の隣で眠っていて、誰よりも近くにいた内海が外泊するたび、どんどん遠ざかっていくのを感じた。

 シャーマには女もいたが、内海は仲間にだけは手を出さなかった。だから、街の女で発散しているんだろうかと勝手に想像する。
 国定に嫉妬して、内海は渡さないとまで豪語した仲間の女も何人かいたから、絶対言い寄られていたんだろう。

 むしろ、シャーマの仲間と付き合う方が自然だが、内海は頑なに街の女と遊んでは特定の恋人を作らなかった。
 そんな態度に安心したと同時に不信感が募っていったが、内海という居場所がいればそれでいいかと国定はうるさく口を挟まずにいた。
 



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