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ふと気が付いたことがある。性癖の話になるんだろうがオレはうなじから眺める首のラインに弱いらしい。暖房の緩い温風がカーペットの上を滑る午後三時過ぎに呆けた頭でそんなことを考えたのはカクンと項垂れた西広の襟に隠れるまでの背骨が浮いた首のラインを見てしまったからだ。
「あ、ゴメン眠いや」
さっきから舟漕ぎしていて流石にもうダメだと思ったんだろう、ちょっと仮眠とってもいい?と間の抜けた目が尋ねている。オレはもたれたベットから重心を上げるのだが、お構い無くと首を振られたので枕だけ引きずりおろした。
「お昼寝の時間だしな」
「妹のリズムが完璧に馴染んだオレの身体は最近すこぶる快調です」
「へぇへぇ。これ、止めとくぞ」
「申し訳ない。15分後には復活します」
「ソファー使えな、いい子だから」
「いい子って…ありがとう、じゃあ遠慮なく」
やうやうしく両手で枕を受けとると脇にあったソファクッションに移動し枕の位置を思案してパタンと倒れ込んだ。それを見届け西広が借りてきたDVDを止める。妹が見はじめたのをキッカケに自分もハマってしまって、と前置きした英語の教養番組は淡いタッチで描いた動物たちのアニメだった。健気な子犬がご主人に会うために出会いと別れを繰り返し成長していくという説明がしっくりくるだろうか。全く聞き取れない英会話なのに何故かグッと胸にきて一気に二時間は費やした。
「…あぁやっぱりこのソファ、いい。いいなぁ」
「毎回座ってはそう言うよな。買えよ、無印行きゃあるっつーの」
「違うよ。オレは阿部の部屋のこのソファがいいんだ…相性抜群」
掌の中でリモコンが壊れる一歩手前の音をたてビックリする。まさか物に嫉妬する自分に出会うとは。引き吊った口角から自嘲染みた笑いと気のない相打ちを返す。
このとんだ天然エロが…っ。
ギリと奥歯が気色の悪い音を吐いてさっきまで会話もなく意識は丸々画面の中にあった自分の馬鹿さ加減を悔やんだって過ぎた時間は戻らないのだ。ビーズの詰まったオレには柔らかすぎるソファで西広は二三度身体をよじらせると背を丸めスッポリと二人がけ用のスペースにおさまる。
「…阿部の部屋ってホント面白いよね」
此方に背を向けているしお構いなしにまた首筋をガン見したまま何がと問う。
「入ってすぐベット。乗り越えて丸太の柱の奥にソファ、テレビ。天井にも丸太が左右の壁に突き刺さってるし…壁は手塗りだし…雑でムラばっかだよね」
「まぁ…もとは物置みたいなもんをそのまま使えるようにくり貫いてんだから妙な柱は仕方ねんだよ。いかんせん、壁はオレ自らの手塗りだしな」
一面の壁と柱を白のペンキでひたすら塗りたくったあの日の服は二度と着れないが何故か捨てられずとってあるし最後に刷毛で塗った場所もあの時の達成感と共に覚えている。へぇ、と呟いた西広は伸ばした人差し指ででこぼこの壁をなぜた。男にしては綺麗な指だ。
「なーんか…温かいねぇ」
「……愛着は湧くわな。つーか寝るんじゃなかったんか」
ベットに腰掛けなおし読みかけていた雑誌を一枚捲ってすぐ閉じた。なんだか心臓が高鳴る。西広の掠れていく声に耳が疼くのだ。こんな時に何を読んだってどうしようもない。誘っているわけでないのなら寝るか起きるかしてほしい。オレだっていっぱしの男の子なのだ。
「んー…眠いんだけどね……。あっ、そうだ阿部が走ってるの見たよ、今日」
「あー、そうなん。どこで」
「ほら、月見ヶ丘公園通り抜けた先のクジラ橋。あそこの上」
「おぉ何、あそこはもう西広の縄張りに入ってんの?」
「月見ヶ丘すきなんだもん。チャリでよく行くんだ。……気持ち良さそうに走ってたね」
「おぉ、いかった。声かけてくれりゃ良かったのに」
「んー、なんかそれすらも躊躇われるほどにいい走りっぷりでさ」
クスクス楽しそうに溢す笑いがくすぐったい。履き慣れていたランニングシューズがいつの間にかうっすら埃を纏っている姿に、マジか…とショックは大きく。直ぐ様ジャージに着替え繕うように走り出したのは昼を回る少し前。三キロ流す程度にしようなどと軽く思ったのが間違いで現役離れはしたもののマサカここまで息があがるもんかと悔しさに気付けば足は目標の折り返し地点である古びた薬局の入り口に立つ不細工なカエルの置物を通り過ぎていた。坂を上って下り裸の枝で重い空を受け止める広葉樹が道をつくる公園を抜け緩やかなカーブを曲がりきった頃には冷えた空気はずっと鼻をツンと刺すのに血の巡りだした足は固いアスファルトを飛ぶように蹴り出していた。それがランナーズハイなのかはわからないが風に乗っている感覚。流れる風景に目をやる余裕が生まれたちょうどその時に小さな河川に架かる群青色のクジラを模した橋に差し掛かった。いつもはさして綺麗な河でもないのだが揺れる視界に飛び込んだのは真上に昇った太陽光で川面が光の礫に満ちていた姿だった。
「十キロは走ったぞ」
「スゴいや!オレまだ走れっかなーそんだけ」
「たーだ家に着いたときには泥水被った雑巾みたいになってたけどな」
「ブフッ!?わっかる、わかるなーっ………阿部…」
ねぇ、阿部。と呼ばれ意識が西広へ引き戻される。少し身体が強張ったのは言葉に緊張が混じっていたからだ。避けていた視線を戻すと身体が少しだけオレの方に傾けられていてうつ伏せみたいになっている。顔は見えない。だからこそ期待してしまうその先を紡ぐ言葉に。
「…オレたち、今日遊ぶ約束はしてなかったよね」
「ん。オマエ昼から予定あるっつってたもんな」
「そう、だけど大量のDVD片手にのこのこやってきたじゃん、オレ。でも阿部はなんも言わなくて…」
「西広がオレに逢いにくんのを無条件に受け入れんのなんて決まってんだろ」
「……っ、もう、さぁ……」
また猫みたいに縮こまる。西広の悪いところは言いたいことも飲み込もうとするとこだ。賢いから先のストーリーを深読みして途中で終わらせようとする。オレが脳ミソ噴火するかってくらいの素直さで発言してんのは西広がそうしない対抗策。カーペットに膝をつく。オレの手の重みでビーズが沈んだ。落ちた沈黙の後に息を吐く音。
「…走ってるとき、さ」
「おう」
「……オレのこと…思い出した?」
「こんなふうに胸ん中に残したい場面を幾つも刻みながら西広は走ってたんかなとか。今オレが見てるこの景色を魔法瓶に詰め込んでオマエにも見せてやりてえなって、始終。…考えてたよ…っ」
グッと後ろに重力で引っ張られて左足で床を掻き踏みとどまった。
「……アレ、…あっ!!ゴメンッ間違えた…」
「ま、間違えたって…テメェ…」
いきなり抱きついてきた西広は拍子抜けする発言でオレの首筋に残した自分の熱を根こそぎ奪い去って離れる。
「オレはぁ!?オレの抱擁はどうすんのっ、無様によろけさせてそんだけかっ!?」
「あ、いや、まさかの行動に自分もビックラこいて…」
ハハッと笑やぁ済むと思うなよ…。
眉間のシワに西広の目が空を一周游ぐ。上半身持ち上げたのを囲うようにオレが両手を着いたので逃げられないとはわかっている様子。
「じゃ、じゃあ阿部。…っ手を握っても…いいかな…」
「ハッ?手?抱きついた後に手?」
「だ、か、らっ!間違ったって言ったじゃんっ」
あぁ、成る程ね。やっぱり自分の中でストーリー創って並べてたわけね。順序よく小出しにしてこうと思ってたらオレの発言に思わず階段すっ飛ばしたわけね。
「…そんなにオレが言ったさっきのこと嬉しかった」
「……っ、分析すんのやめてくれる」
ってことはその先も西広の中では考えてあるってことだ。それを楽しみにしててもいいけど差し出した力を抜いた掌を下から掬うように包むコイツの右手がメチャメチャ気持ちいくてごめんオレ折角のオマエのシナリオいきなりぶっ壊すかも。
「…握手じゃん、コレ」
「いやホント今声かけないで、精一杯だから」
首筋に噛みつきたい衝動は取り敢えずまだオレの下心にしまっておくけど。
西広、あんまそんな顔すんな。首も赤くしてんな。オレは聖人君子じゃねんだかんな、わかってんのかよオイ。



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