[携帯モード] [URL送信]
A
一緒にいるってどういうことだと考えてとりあえず一緒にいる時間を増やすことだと思い当たり。一緒に帰ることからはじめっか、と西広に言うと。
「…阿部って意外に可愛いこと言うんだね」
クラスにわざわざ迎えに来たオレを見て数Uの教科書を口に当てクツクツ笑いやがったんだあの野郎。言ったろうが他人とのコミュニケーションを怠ってきたっつってよぉ。
「……で、返事は」
「阿部改造計画始動ー!」
「…おぉー…」
右手を高らかに上げて西広は笑った。オレは鞄をかけなおしてやけにキラキラしてんなコイツって軽く拳を作りそれに答えたんだ。

それから2ヶ月は毎日が新鮮に過ぎていき。
「カリフォルニアだよ。飛行機で半日かかるらしくってさ。……大丈夫かな?乗り物ちょっと弱いんだよね」
ふわりと生暖かい風が雨のニオイを運ぶじっとりと湿度の高い教室で西広は短い旅行に行くみたいに大学の行き先をオレに告げた。服のセンスがチンケなオレのそれでも気に入って買った一着を誉められて嬉しかった直後の話だ。
机に腰をかけて薄い笑みを張り付けた西広にオレは心底裏切られた気分になり男にしては細い首で上下に動く喉仏を本気で潰してやろうかと思った。今思えば慄然となる思考だ。けど狂気がオレの中で溢れてしまって次の瞬間その首に腕を巻かれ掌で頭を掴まれた西広の驚いた表情が目の前にあった。下手くそなキスはカルシウムのかち合う音しかしない。
「殺してやりたい」
隠しきれない脳の信号が口で発せられたときの西広の顔を見ることなどできず、阿部、と掠れた声で呼ばれたことも無視して逃げた。後悔と罪悪感ともう逃げられない感情でグラリとまっ逆さまに落ちそうな感覚。助けを求めて苦しいと狂いそうな今でさえ手をのばしたいのはオマエだなんてとんだ茶番だ。底冷えする寒さのハズなのにこもった熱は冷めなくていつまでも西広に下心で触れた右手は震えが止まらない。目を閉じれば次の朝がやって来てしまうのが世界の常識でそれがこんなに怖いと思うなんて。でも。
今日オマエと会わないことに最善の注意を払っていながら目で探している矛盾した行動に自分自身で気付かないわけがなく。ホームルームが終わって向かった先に1人残ってる丸くなった背中を見て思ったんだ。
あぁオレはもう完璧にアイツにほだされちまってて悩んだところで行着く先はココなんだと。
入り口の柱に頭を傾ける。寒々しい雨が降る大きなガラスは古い映画のスクリーンのようで。その真ん中で鮮明なラインで描かれた西広がとても暖かそうだった。目を閉じてまた開く。大事にしたいと想うこの感情がこんなに世界を鮮やかに見せるのか。
「何やってんの」
口許からだだ漏れしそうな熱情を得意の能面で隠して西広に声をかけた。

「ママー!お兄ちゃんとタカくんが帰ってきたぁよぉ」
チャイムを鳴らそうとした瞬間勢いよく玄関を開けた西広妹が大声でまた中に駆けていった。
「…いつも、ドア壊すんじゃないかって、ヒヤヒヤするよ…」
「オマエあんま喋んな」
顔を上げて少し唸った西広はまたくったりとオレの肩に頭を預けスミマセンと謝った。首に触れている耳が異様に熱い。
「あらーあらあら隆也くん…どうしたの?」
「すいません、帰る途中に熱出たみたいで自転車ニケツしてきました」
「まぁ、ありがとう!重かったでしょ。中入って、ずぶ濡れじゃない」
格子を開けて中に招き入れてくれたおばさんがオレにおぶられた西広をゆっくりと玄関に座らせた。上ずった声でただいまと言葉を紡いだ息子にお帰り歩ける?と返した笑顔が西広に重なりやっぱり親子だとか当たり前のことを考えて濡れた頭をかいていたら。
「タカくん!!あいっ!」
「…っ!?」
後ろから西広妹の声がしてふわりとしたタオルで頭部を包み込まれ力任せに引っ張られた首の骨がコキッと悲鳴を上げた。
「ふきふきするのよっ!」
顔面に被さったタオルを捲り上げると回り込んできて自分の頭の上で拭く動作を演じている。
「…おう、サンキューな」
座ったオレと同じ目線の頭に軽く手をおいてクシャリと髪を撫でれば満面の笑みが返ってきた。子供は苦手だったが三年間あの投手の女房役をやってきたお陰で愛らしいと思うまで成長した。彼女の中でオレの株は上場だろう。
「隆也くん、辰太郎2階に連れてくから一緒にいらっしゃい。濡れたもの脱いでね、乾かすから」
「あっ、ハイ!ありがとうございます」
少し湿った靴下を脱ぎ裸足でスリッパ履くのも気がひけたんでつま先立ちで階段を後ろから上っていった。

「…ふぅ。やっぱりお茶は玄米茶だよね」
「……。雪だるまが茶なんか啜ってっと溶けるぞ」
「雪だるまは仮の姿、はたしてその実態はっ」
「そーやってちょける暇あんなら寝てろ」
湯飲みに丁寧に手を添えている西広は半纏の上から毛布にくるまっていて白い肌に頬だけが高揚している。オレが地べたで座っていると自分だけベットにいるなんてと制止も聞かず這い出してきたのだ。
学校を出てすぐの交差点で別れたときいつになく笑顔が絶えなかった西広が気になり後ろ姿を見送っていた。まっすぐ緩かに下る坂道に姿が消えた直後鼓膜に届いたガシャンという音でオレがどれだけ狼狽したか。
「大袈裟だよ。ちょっと熱があるだけなのに」
「チャリと一緒に倒れたヤツが何言ったって信用ならねぇ」
「ミステイクだった。まさか阿部に気付かれるとはね」
「気付くわ。あんなヘラヘラ馬鹿みたいに笑ってりゃなんか隠してることくらい」
「あれ、それオレが馬鹿じゃないって言ってくれてる?」
「馬鹿じゃねぇだろバカ」
「…ふっ。やさしー」
オレと西広の間には受け皿に茶菓子と急須が置かれている。一つひよこ型の饅頭を口に放りこむ。それを食んで茶を啜ればねちっこくない甘みに柔らかい渋味が加わって非常に美味い。もう一つと手をのばすと福岡に行ったときにオレが選んだんだ、と至極満足そうに西広が言ったのでその顔を横目に捉えたままひよこを口の中に消した。
「オマエ朝から調子悪かったんだろ」
「えっ…バレた?」
「妹が朝からお兄ちゃんお顔りんごだったのよぉって」
「うわぁ真似下手〜」
「それオレのせいだろ」
目を伏せていた西広の湯飲みを持つ手が微かに揺れた。指先だけ赤い。熱で体温が上がっているんだろう。
「……そんなのわかんないよ」
「わかるよ」
2ヶ月という期間が他人の印象をガラリとかえるとは思ってもいなかった。西広は遊び上手なヤツだった。毎日一緒にいたとしても飽きることはないと太鼓判を押せるほど。案外冗談も言うし賢いぶん面白い。よく食うしよく寝る。真面目一辺倒かと思えば手を抜くとこは抜いている。チームメイトとして接していたときには考えたこともなかった。たった2ヶ月だ。あれだけオレのイメージとして薄かった西広がこんな膨大に有らぬ妄想まで出来るようになるなんて。なぁ西広と声をかけると額に光る汗を拭いながら、ん?と返した。
「オレは今まで3人付き合った女がいる」
「……何、自慢?」
「そう、自慢。だけどなオレは付き合った相手にさえ感じもしなかった感情を今西広にいだいてるよ」
「………」
「聡いから意味わかんだろ。…キモチワリィか」
可笑しいもんで弾みがつけばすっぺらこっぺら言葉が出てきた。ただ震えが止まらない。滲む冷や汗がハンパない。オレは賭けに出ている。オレのことで熱まで出した西広の優しさに甘えている。このまま心臓が止まったとして文句なんか言わないのに。
「…阿部。……オレはさっき神様を恨んだんだ」
ハァと吐いた息が少し白く見えて首に両手をあてがいズルズルと丸く縮こまる西広が、でも、とこもった声を出す。
「今すぐ…謝りたい……だって、こんなに嬉しい…」
阿部、嬉しい。ともう一度吐息みたいな声が聞こえて何もかも捨てていいからこのまま抱き締めてメチャクチャになるくらいオレの想いをぶちまけてやろうかと思った。ぐっと前のめりになった重心をどうにか抑えて早鐘を打つ鼓動を無視してゆっくりきわめて丁寧に唇を動かす。
「熱が冷めて、オマエが雪だるまから人間に戻ったらデートしよう」
大層に吹き出して肩を揺らした西広が顔を上げ一回むせる。
「はぁ…デートか…。いいねオレしたことないや、デート」
「マジか。初デートが男とか貴重すぎて忘れらんねぇぞ」
「じゃあそれに負けないデートプランよろしくお願いします」
「ふっ、阿部改造計画後の阿部隆也をナメんなよ」
「ハハッ、阿部のそういうとこすきだなぁ」
はぁオカシイ…と手首ら辺で涙を拭った西広の目が大きく開く。自分で無意識に紡いだ言葉に気付いたんだ。顔にしまったとしっかり書いてあって真っ赤になる様を見てオレは軽く笑ってしまった。トントンと階段を上がってくる音がする。おばさんが様子でも見に来たんだろう。
しょうがない。とにかく軽く包むみたいに腕を回すだけで我慢してやるか。


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!