なんとか時間に間に合いながらも駆け込んだ教室は、異常な雰囲気を放っていた。
チョコを片手に恥じらう女子の集団と、それに囲まれた一部の男子と、やっかみ半分諦め半分でそれを見る周囲。
ツナのいるクラスは美形が多いためなのか、室内はおかしなオーラで溢れている。人口密度も通常のクラス人数の三倍はある。
朝の、しかもホームルームぎりぎりの時間でさえこうならば、今日一日は友人達とまともに顔を合わせる事はできないだろう。
なんの因果なのか、ツナの友人は揃いも揃って顔がいいのだ。
溜め息を着きながら自分の席に行くと、隣の席が鞄すらない事に気付いた。嫌な予感がする。
「ね、ねぇ」
「、あ?」
思い切って前の席にいたクラスメートに話しかけると、彼は一瞬動きを止めてから振り返った。
「リボーンってさ、今日休み?」
「今いないんなら休みじゃね?騒がれんのウザそうにしてたし」
「そっか、ありがとう」
渡す相手が欠席なんて事態を予想していなかったツナは、内心泣きそうになりながら隣の席を見つめた。本人がいないにも関わらず、チョコが山積みになっている。
そうしていると突然、彼は青ざめた顔でボソボソとツナに早口でしゃべった。
「てか沢田、今日はまじで俺に話し掛けんな。山本と獄寺がこっち睨んでっから」
そう言ってさっさと向き直り机に突っ伏してしまった。
その言葉に首を傾げながら、教室の隅で今だに囲まれている友人二人を見ると、確かに二人ともこちらを見ている。
「……」
(うわぁ……)
その眼差しの真剣さに若干引きながらも手を振ると、山本は笑いながら振りかえし獄寺は満面の笑みを見せて、クラスに黄色い声が響いた。
予鈴が鳴ったためお開きになったチョコ集団は、教室中に甘い匂いと微妙な空気を残していた。
 ̄ ̄
「よってこのXが二倍になるので…」
教室に響き渡る解説を聞き流しながら、ツナはどうやってリボーンにチョコを渡そうか考えていた。
今は二時間目。この時点で隣は空席で、そのかわりチョコが所狭しと置かれている。ついには椅子の下や、床にまであるため、クラスメート達は踏まないように気をつけてなければならない。
真っ白過ぎるノートに、ツナは様々な案を書いていく。
・机の上に置いておく。
・家に行って渡す。
・明日渡す。
そして、躊躇いつつも「・渡さない」と選択肢に書き加えた。
リボーンの名前は、あえて書かなかった。
・机の上に置いておく。
→たぶんあいつは全部食べない
・家に行って渡す。
→俺からだと受け取らない
・明日渡す。
→明日来るかわからない
・渡さない
→
選択肢に予想を書き足していたシャーペンの動きが止まる。
「・渡さない」を選べない理由が、見つからない。
渡さなければ始まらないのに。まだ心の中で変化を怖がる自分がいる。
ペキッと、ノートにつけたままだったシャーペンの芯が折れた。
堪らなくなってそのページを乱暴に消しゴムで消した。少し皺がよってしまったが、何が書かれていたのかはわからないくらいの白さに戻った。
ツナは、チャイムが鳴るまで珍しく真剣に板書した。数式なんて、頭に入らないのに、書き写す筆圧はやけに強かった。何か別の事をして、気を紛らわせたかった。