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終わりは突然
The end is sudden


朝から何度目かになる台詞を吐く。

「酒井 壱琉って、このクラス?」

手紙には名前しか書かれていなくて、俺は朝からずっと全クラスを回りながら同じことを聞いている。
どのクラスも行くと皆一様に驚いて、しばらく固まってしまう。
こんな時に俺は周りに無関心過ぎたと後悔をした。
この学園に来て、親しい人間すら作らなかったお陰で捜すのに苦労している。
しかし、それすらも苦痛ではない。
二、三年は周り尽くしてしまい、あと残るは一年だけになった。

「酒井?酒井は隣のA組ですよ」
「A?」

B組のドアに手を着いた状態で視線だけを隣のクラスへと向ける。
やっと見つけた彼と驚くくらい会えるのを楽しみにしている自分がいた。
会ったら、まず最初に手紙のことを聞こう。
返事はそれからだ。

「先輩?」

ふと耳に飛び込んできた声。
妙に馴染み深いような気がしてならないそれは、今日ずっと捜していたものだった。
人の温もりが、酷く恋しいように思えた。

「酒井……ちょっといいか?」
「あ、えっと……はい」

しばらく視線をさ迷わせた後、酒井は頷いた。
酒井が後ろにいることを確認して歩き出す。
もちろん行き先は屋上だ。
誰も来ない場所で、ゆっくり話をしたかった。
俺はこの学園では、それなりに目立つことを自覚していたし、酒井もこの可愛さだ目立たないわけがない。
迂闊な話を廊下や教室などでできるわけもなく、必然的に人気のない場所に移動せざるをえないのだ。

「昔……酷い終わり方してさ」

黙ったまま俺の後ろをついて来る酒井に俺は屋上へと続く階段を登りながら、独り言のように呟いた。
沈黙が息苦しかっただとか、焦っていたわけではない。
ただ面と向かって言える自信がなかったのだ。

「浮気されて、死にたくなって、ここに逃げて来た……」

あの時は、本当に死にたかった。
あいつが想っている以上に俺はあいつのことを想っていただろうから。
だから、死んでしまいたかった。

「いつ裏切られるかわからない……好きになったら終わりかもしれない」

終わりのタイミングは誰にもわからない。
突然やってきて終わりを告げるのだ。
それがどちらか一方の裏切りによるものなのか、自然と終わっていくものなのか。
どちらにしろ、好きになったら終わりなのかもしれない。

「俺は好きになるのが怖い……」

裏切られてもあいつを好きなこの気持ちは消えてくれない。
好きで好きで仕方なくて、それでも俺は忘れたいと思っている。
すべてを過去に。
元からなかったことにはできないが、せめて忘れてしまえればいいのに。

「だから、俺は……」
「迺音先輩」

優しく宥めるような声で酒井は俺の言葉を遮った。
酒井に背中を向けたままでいると後ろから抱きしめられた。
小さな手が腹の辺りに回され、泣きたくなった。
その小さな小さな手が抱きしめて包み込むのは、俺の心なのだ。
まるで冷たくなってしまった心を温かい灯で温めてくれているような気がした。

「僕は迺音先輩が好きです」

背中から伝わる温もりに俺は、つい泣いてしまった。
あいつの前でさえ、流したことのない涙が溢れて止まらない。
好きという言葉は本来こんなにも心を温かくするものなのだ。
決して相手を傷つけるものではない。

「どんな過去があっても迺音先輩は迺音先輩です……僕が好きになった迺音先輩なんです」

きっと酒井は気づいてない。
その言葉が何より俺がずっと欲しかったものだと。
過去のすべてを含めて俺を選んで好きになってくれたことが嬉しい。
必要とされることにこんなにも餓えていたなど思いもしなかった。

「俺でいいのか……?」
「僕は迺音先輩がいいんです」

ぎゅっと酒井の手に力が篭り、俺はそれに応えるように手を重ねた。
愛されるということがどんなものであったのか、忘れかけていた俺に思い出させてくれた。
けれど、涙で滲む瞼の裏にあいつの悲しそうな顔が見えた。
まるで裏切られたのは俺ではなく自分だと言わんばかりだった。

「忘れたい……」
「僕が忘れさせてみせます」

そう言ってくれたのは酒井なのに俺の瞼の裏には、あいつがいた。
俺はあいつとは違う。
けれど、やっていることは同じなのだと思った。
いや、俺はあいつより酷いのかもしれない。
酒井をあいつの代わりにしようとしているのだから。

「……ごめん」

それでも、一緒にいてほしい。
俺が寂しさで死んでしまうまで。
同じだけの愛を返すことはできないかもしれないけれど、愛してみせるから。



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