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未来の決断
Decision of the future


何だ、利害は一致している。
僕はあいつから逃げたくて、姫乃はあいつから僕を引き離してたくて、それでいいじゃないか。
結局、いつかは見つかってしまうのだ。
ならば、その日まで逃げきって、あいつのことを忘れてしまえばいい。
そのためなら手段を選んでいる暇などない。

「僕を……俺をどこに隠すわけ?」
「姫宮が運営する学園に……木を隠すなら森に、ってね」

意地の悪い微笑みだけれど、どうしようもなく綺麗なものに見えた。
人は、誰かを利用するために生きているのだと誰かが言った。
成る程、あれはこういう意味だったのか。
互いの利害が一致し、いつ裏切られるかわからない緊張感に身を置かれる。
世界は、裏切り裏切られの関係で成り立っているようなものなのだから。
だけど俺はもう何も恐くない。
何事にも執着しないし、誰も愛さないし、すべてに無関心に生きると今ここで誓う。
嘘や裏切りを恐れていた自分は、もういない。

「木を隠すなら森に、ね」

果たして、それにあいつはいつ気づくだろうか。
もし俺を探しているというならば、俺を早く見つけに来い。
お前が俺を裏切った時のように、今度は俺がお前を壊してやるよ。
これは細やかなお礼だ。
一年もの間、地獄と絶望をありがとう。
もう戻らない。
俺たちがあの頃に戻ることも、もうない。
だから、永遠にさよならだ。
お前の口癖のようだった永遠をこんな風に使うことにならないことをずっと願っていた。
結局、それさえも叶わない願いだったのだけれども。

「早速だけど……必要な書類は揃えてあるから記入して」
「用意いいね」
「拒否されることなんて考えてなかったからね」

姫乃は、にっこりと笑顔で俺に茶封筒を渡した。
この中に書類が入っているのだろう。
ずいぶんと重い。

「親には編入させる旨を伝えておくよ」
「学費とかは……」
「こっちで面倒見るから問題ないよ……元々、こっちの事情で巻き込んだものだしね」

致せり尽くせりだな、と思った。
まぁ、それも当たり前なのかもしれないけど。
自ら巻き込まれることを選び、姫乃が俺を利用するように俺も姫乃を利用する。
だって、それがこの世界での自然な形だろうから。
考えてみれば、俺が今まで生きてきた世界はまるで不自然なもののように思えた。
すべてを無視したイレギュラーな世界。
そして、俺はその居心地の良い世界から爪弾きにされた。
裏切りには裏切りを、嘘には嘘を。
きっと俺はもう本音を言えないかもしれない。

「俺、あいつにも会いたくないけど……それ以上に弟に会いたくないんだ」

今会ったとして、如音にどう接していいのか俺にはわからない。
兄として振る舞えるのだろうか。
あいつとのことを祝福してあげられるのだろうか。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
俺と如音には切れない絆がある。
兄弟という、あいつとの繋がりとは違った一生続く絆が。
あいつは他人だから、離れていく。
如音は弟だから、離れていかない。
大切なものをひとつ失ったけれど、もうひとつは絶対に離れていくことはない。

「弟に嫌われたくない……」
「君は嘘が嫌いみたいだけど……もし弟くんが君を裏切ってたとしても今と同じことが言える?」
「わからない……弟が、如音が、俺に嘘を吐いたことなんて一度もないんだ」
「わからないのに弟くんには嫌われたくないの?」
「もう、大切なものはひとつしか残ってないんだ」

大切だったものは手元を離れ、いや初めから俺の手の内になかったのかもしれない。
必死に足掻いても届かない。
必死に追い掛けても掴めない。
結局、俺に大切なものを持つ資格などなかったのかもしれない。
嘘や裏切りにこだわって、周りに目を向けようとしなかったことへの天罰が下ったのかもしれない。
俺は、本当に孤独になった。

「大丈夫、弟くんにも教えない」

だって君が悲しそうな瞳をするのを見たくないから。
そう言って、姫乃は微笑んだ。
あたたかく見守るように優しく抱きしめてくれた。
頬を涙がつたい落ちた。
とっくの昔に枯れてしまったと思っていたのに、あいつに裏切られた時より胸が痛む。

「俺が君を守るから」

俺は姫乃の肩に額を押し付けて泣いた。
強く、強くなろう。
いつか裏切られても大丈夫なように。
俺が誰かを裏切ったりしないように。
裏切りの代償は高くつく。
あいつの場合は自業自得。
罰を受けるその日まで、俺は強くなる。



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