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見えない出口
An invisible exit


白雪さんが出て行ってから、しばらくしてドアが控え目にノックされた。
僕はどうするべきかわからず、ベッドに上半身だけ起こした状態でドアを見つめた。
ノックされてから少し時間が経ち、ドアが開かれた。
そこから現れた銀色は真っ直ぐ僕の近くまで歩み寄り、止まった。

「初めまして、姫乃です」

どうやら白雪さんが言っていた人らしい。
艶やかな銀色を揺らし、射ぬくような薄紅色で僕を見ている。
不思議と惹かれるものを感じさせる、そんな人物だった。
優しそうな雰囲気を纏った白雪さんとよく似た顔を悲しそうに顔を歪め、死のうとした僕を拾って助けた人。
同時にどうしても聞いておかなければいけないことがある。

「どうして……僕を拾ったの?」
「死にそうだったから」
「僕は死にたかったんだっ!」
「そんなの俺が許さない」

儚気な容姿とは掛け離れた強い言葉だった。
しかし、それは強く生きることを望んでいる人が考えることだ。
僕は違う。
人生で初めて死にたいと望んだ。
絶望の後には必ずしも希望はない。
希望に縋って生きるのと絶望して死ぬのは同じことだ。
そんな死にたがりの人間を助けて何の意味がある。

「お前に何がわかるっ!」
「わからない、わからないから君を助けたいと思った」
「綺麗事ばっか……お前も壱羽みたいに裏切るんだろ?」

ただ世界が嘘と裏切りだけじゃないと信じたかっただけなんだ。
嘘を吐いたのがお前で、裏切ったのもお前で、壊したのもお前で。
嗚呼、お前の存在自体が嘘や裏切りだったのかもしれない。
最初から僕を騙すつもりだったのかもしれない。

「もしかして壱羽の恋人?」
「違う!……って何で壱羽のこと」
「又従兄弟なんだ」

こんな酷い偶然はない。
お前とはもう二度と関わらない、会わない、そう決めていたのに。
運命はとても残酷だ。
結局まだ僕はお前と繋がっている。
お前から完全に離れない限り、僕は駄目なんだ。
あんなに愛おしかったお前が、今は僕を苦しめる存在でしかない。

「僕をあいつのとこに連れてく気?」
「そんなことしないよ」

酷く悲しそうに歪められた瞳に嘘はないと思う。
本当は優しい人なのだとわかってはいるが、歪んだ思考が嘘ではないかと疑う。
いつだって信じていたいのに誰も信じられなくなった。
周りが嘘と裏切りで成り立っているようにしか思えない。
所詮、嘘を吐かない人間などいないということだ。

「壱羽に会いたくないんでしょ?」
「あいつは僕を裏切ったんだ!」
「わかった……じゃあ、ひとつ提案」
「何?」

残念そうに溜め息混じりの息を吐いた姫乃は、真っ直ぐに僕の目を見つめた。
あまりに真剣な瞳をしていたから一瞬目を逸らしてしまいたくなったが、それはできなかった。
何かに憤りを感じて、けれどそれを隠すように優しく見守ろうとする瞳。
優しさや悲しさの奥から流れ出すように沸き起こる怒りを感じる。
それを向けられているのは、果たして僕なのかお前なのか。
どちらにしても、姫乃の怒りは収まりそうにない。
普段穏やかな人を怒らせると恐ろしいとよく言ったものである。

「壱羽に見つかりたくないよね?」
「うん」
「なら、俺が壱羽から隠してあげる」
「何を」
「見つからない保障はないけど……できる限りは守るよ」

姫乃が何を考えているのか、わからない。
隠すとか、守るとか、どうでもいい。
僕は死にたかったんだ。
そして、一度捨てたこの命を姫乃が拾い助けた。
その時点で、僕はすでに何も持っていない。
隠すとか、守るとか、全部が無駄だ。
それに僕は誰も信じられない。
嘘や裏切りが恐くて、恐くて堪らないから。

「そうやって僕を騙すのか」
「違うよ、壱羽は少し痛い目に合わないと」

中途半端に言葉を切った姫乃は、口角を少し上げた。
悪戯をする子供のように無邪気な顔をしていても、考えていることは子供の考えることとは掛け離れている。
又従兄弟だというのにあいつの擁護は全くするつもりはないらしい。

「だから、大切なものを隠すんだ」
「僕はあいつのものじゃない」
「壱羽は君を大切してるよ、大切な言葉を贈った特別な人だから」

あいつから特別な言葉を一度だって貰った覚えはない。
絶対も、約束も、永遠も、愛してるも、全部特別ではなかった。
あいつの言葉に特別な感情もなければ、意味もなかった。
所詮、あいつも世界も嘘吐きなのだ。
そして、あいつに裏切られた僕に居場所なんてない。
僕は裏切られるのが恐い。
だから、僕はあいつから逃げようとしてる。



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