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壊れた人形
The doll which was broken


あいつから逃げたあの日、俺は今まで通っていた高校に退学届けを提出した。
校長や担任が考え直せと必死で止めようとしていたが、俺の決意は固かった。
結局、担任は最後まで納得していなかったが、校長により退学は受理された。
あいつに関わるすべてを消してしまいたくて、あいつがミルクティーみたいな色だと言った髪を真っ赤に染め、黒のメッシュを入れた。
それでも物足りなくて、両耳に三つずつピアスホールを開けた。
それでも何かが駄目な気がして、首輪という名の戒めを自らつけた。
あいつとの最後の繋がりである携帯を解約した。
同時に過去を全て消そうと誰とも連絡がとれないようにした。
とにかく少しでも、あいつと関わったものを残してはいけない。
すべてを断ち切らないと逃げ切れないことぐらいわかっている。

「迺音は変わったね」
「姫乃が変えてくれたんだ」
「そんなつもりは全くなかったんだけどね」

姫乃が俺を変えてくれた。
現実から目を逸らし続けていた俺に気づかせてくれた。
嘘がない人間などいないけれど、時に嘘は相手を傷つけもするが救いもするのだと。
俺はずっと嘘は傷つけることしかできないものだと思っていた。
けれどそれは違っていた。
現に俺は救いを求め、姫乃の嘘に救われた。
一度捨てたはずの命を拾い上げ、酷い真実を教え、優しい嘘をくれた。
嘘よりも、俺の心を確かに傷つけたのは真実だった。
だから、どんなに酷い嘘だったとしても嘘に救われたのは確かだ。

「姫乃には感謝してる……ありがとう」
「本当、迺音はそんなだから駄目になるんだよ……」
「え?」
「嘘にありがとうはいらないよ」

姫乃には本当に感謝している。
拾われなければ、きっとあの路地で俺は野垂れ死んでいただろう。
ただ嘘を憎んで誰にも理解されずに一人静かな終わりを迎えていたはずだった。
それでいいと俺は望んだ。
それほどまでにあいつを愛していた。
あいつに裏切られた瞬間に俺は終わりを覚悟して、死を受け入れようとしていたのは間違いない。

「迺音、約束して」
「ん、何を?」
「誰に嘘を吐いてもいい……自分の心だけには嘘吐かないって」
「……わかった」

姫乃がそう望むなら、俺は喜んでそれを受け入れよう。
俺にとって、姫乃の言葉は絶対だ。
絶対にして唯一守らなければいけない。

「迺音は寂しいね」
「寂しくなんて……」
「あるよ、心が壊れてしまった……まるで人形」

悲しそうに揺れる桜色の瞳は、俺の姿を捕らえて離さない。
俺は人であって、人ではない。
姫乃に拾われたあの日から、俺は春夏秋冬 迺音という人形になったのだ。
すぐに壊れてしまう脆いアンティークのような人形。

「迺音は本当の意味で真実を知っておくべきだと思う」

姫乃の手が両頬を包み込み、唇がゆっくりと動かされた。
それが俺にはスローモーションのように思えて、紡がれた言葉は壊れた心を更に深く傷つけた。
あいつは最低だった。
姫乃は、あいつのことを何ひとつ隠さずに教えてくれた。
あいつは、ずっと俺に嘘を吐いていた。
俺を愛していると言いながら、婚約者がいること、再来年あいつの誕生日にその婚約者と結婚すること、高校を卒業したら父親の会社を継ぐためにロンドン本社に行くこと。
俺は何ひとつ知らなかった。
いや、あいつにとって俺はどうでもいい存在なのだから、知らなくて当然なのかもしれない。
幼馴染みだから、恋人だから、結局そう思っていたのは俺だけだった。
嘘吐きも、裏切りも絶対に許せない。
けれど、それ以上に何も知らなかった自分が一番許せなかった。
きっと、このまま何も知らずに終われればよかったのかもしれない。
それでも知りたいと思ったのは、ただの好奇心か、それとも。

「その気がないなら優しくするなよ……」
二度と手に入らないものがある。
それに関わるすべてを大事に大事に鍵の付いた箱の中に入れて、忘れてしまおう。
心の壊れた人形にそんなものは必要ないのだから。
この先、開けることのないパンドラの箱。
鍵を握るのは、俺。
開けたら最期、泡のように消えてしまうだろう。
鏡に映る俺。
真面目にしていた俺はどこにもいない。
戻ることのない自分の姿に思いを馳せ、誰とも通わせることのない心を押し込める。
裏切りには裏切りを。
その言葉を強く胸に焼き付けて。

「迺音、行こう」

今日、俺は真新しい制服に身を包み、姫乃宮学園へと編入する。
姫乃が用意してくれた、俺を隠し守る新しい檻の中へと。



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