その他 僕が掴むもの [沖斎] 雪がちらつくようになってきた、師走。 今にも降りそうな空の下、いつもの薄着で門に立つものが一人。 そして、門の外にいる数名の隊士の中から、一人の男が進み出てくる。 「総司、あんたはまた薄着で…中に入っていろ。」 「やーだ。寒空のなか、一くんだけを放り出すわけにはいかないよ。」 「そんなに寒くはないし、巡察に行くのは俺だけではない。 それに、体の弱いあんたに風邪を引かせる方が嫌だ。」 いつも通りのはっきりとした口調で言われる。 優しさの滲み出ている台詞に、不覚にもときめいた僕は、 必死に"抱き締めたい"という衝動を抑えた。 「じゃあ、一くんのために、部屋を暖かくして待ってるよ。 ついでに布団も暖めておくし…」 「総司っ…!」 顔が真っ赤になった。可愛いなーほんと。 これ以上言って、照れ隠しで斬られるのも嫌なので、この辺りで引いておく。 「いってらっしゃい、気を付けてね。」 「あぁ。」 くるりと踵を返し、自分よりも大柄な隊士を引き連れて、町へ向かっていった。 「…最近は不逞浪士も少ないし、大丈夫だとは思うけど…」 どこか胸騒ぎがする。 気配や空気に鋭いだけに、気になることだけど… 一くんの腕を信じて待っていることにしよう。 斎藤の姿が見えなくなると同時に、総司は屯所内へ戻って行った。 ──約一刻後 「…遅いなー、一くん。」 自身の部屋で待っていた総司は、いつもよりも帰りの遅い斎藤を気にかけ、部屋の外に出る。 「雪…。一くん雪好きだから、寒いなか見てるのかな…?」 雪のように白い肌に、本物の雪が降る光景は、何とも言えない神秘的な雰囲気を醸し出す。 そんな微笑ましい様子を想像し、ふと笑みがこぼれる。 そんなとき、門の方からばたばたと、騒がしい音が聞こえてきた。 それと同時に──血の匂い。 「まさか…ね。」 嫌な予感が当たってなければいいけど…。 何かを考えるより先に、体が動いていた。 「…っ。」 門に着いた総司の上に降る、白。 そして地面に溢れ出る、赤。 その赤の中心にいたのは、最もいてほしくなかった人物で。 「…はじめ、くん?」 「……っ…」 隊士に肩を貸され、それでも立っているのすら難しい様子の斎藤を目にし、思考が一瞬停止する。 我に返った総司は斎藤の元へ駆け寄り、隊士を退かせ、斎藤を抱えあげる。 「君は山崎くんに、君は土方さんに報告! そこの2人は、僕が一くんを運ぶ間に状況報告!」 いつもは見られない沖田総司の剣幕に押され、指示を受けた隊士たちは飛ぶように報告へ向かった。 総司は、出来るだけ斎藤に刺激を与えないようにしながら、山崎の元へ走っていく。 「先程、不逞浪士十数名が現れ、斎藤組長を中心に応戦。 ばらばらに隊士が別れたところで、本命と思われる浪士十数名が現れ、組長は四方から攻撃された模様です。 我々が戻ったときには既に…」 隊士の報告を聞きながら、 最近の不逞浪士が少なかったのはこの為か…と、不吉な予感を感じていた総司は、 何故引き留めなかったのかと自分を恨む。 斎藤の部屋へ運んだ総司は、隊士に布団を敷かせ、その上に静かに血だらけの体を横たえさせる。 「一くん、聞こえる!?」 「………。」 「聞こえてたら、僕の手握り返して?」 微かに。 本当に微かに、斎藤の指に力が込められた。 意識はある…ごく、僅かに。 「沖田さん、斎藤さんは…!」 「止血は軽くしたけど、僕にはこれが限界。 後は頼んだよ、山崎くん。」 「はい。」 静かに部屋を出る。 いくら腕のたつ斎藤でも、浪士数十人に、しかも四方から襲われては一たまりもなかっただろう。 「…一くんに怪我させた罪は重いよ?しかも、相手が悪かったね…僕は生かして帰さないから。」 しんしんと降る雪のなかで込められた決意は、総司の思いと共に、重く静かに積もっていくのだった。 ──翌朝。 大分様子が落ち着いたと、山崎から報告を受けた総司は、斎藤の部屋を訪れていた。 布団に横たわる斎藤の顔色は、真っ青…それを越えて、雪のように真っ白であった。 「一くん…」 さらりと、癖のある髪を撫でてやる。 以前寝ている彼に同じことをしたときは、跳ね起きて刀に手を掛けられたが… 「…微動だにしないんだね。」 寂しさを滲ませた声で話しかけるも、返ってくるのは僅かな呼吸音だけ。 今までにそんなことは無く、総司は目の奥が熱くなる感じがし、 さらに抑えきれず、姿勢を屈めて唇を合わせる。 文字通り合わせるだけのそれは、総司が望んでいたような効果はなく… 「一くん…あんまり僕を放っておかないでね。 …寂しくて死んじゃうよ?」 そんな冗談にも反応がない。 僕、本当に死んじゃうかも…。 一くん、早く起きて。起きて、ずっと横にいて稽古をサボった僕を叱ってよ。 ──その日の夕方まで、僕はずっと一くんの横で過ごした。 目が覚めたときに、誰もいないと寂しいから。 もし…もし急に容態が変わったら、誰かがいた方がいいから。 そんないいわけを並べたら、土方さんが渋々許可してくれた。 ただし、夕方の巡察には行かなくちゃいけない。 昨日の今日だから、不逞浪士はいないと思うんだけどな。 「俺たちの、そういった隙をついてくるかもしれねぇんだ、巡察には行け。」 「…もし、一くんに怪我させた奴等が現れたら、僕は何をするか知りませんよ?」 「…あぁ。ただし、新選組の印象を悪くするようなことはすんじゃねぇぞ。」 そう釘を刺された。 あそこまで言われたんじゃあ、行くしかないよね… 「すぐ戻ってくるから、ゆっくり休んでてね。」 再び触れるだけの接吻を交わし、静かに部屋を出ていく。 昨夜から降り続いている雪が積もっていた。 ──そして。 「ねぇ…君たちが一くんを怪我させたの?」 「はじ…?あぁ、昨日のやつか。」 「弱かったよなー!数人で後ろから行ったら、すぐやられてやんの。」 「刀も左持ちだったし、本当に武士なのかあいつ!」 「…もういいよ、遺言は?」 静かに刀を抜く。 「なんだよ、やんのか?」 「遺言は以上?じゃあ…死んでよ。」 ──地獄の時間の幕開けだ。 屯所まで、一人で戻る。 他の一番組隊士は先に帰らせた。 今の僕の格好を見たら、きっと驚くだろうからね… 早く部屋に戻って、着替えて、一くんのところに行こう。 門をくぐったところで、こちらへ走ってくる小柄な影に声をかけられる。 「総司!」 「ん…平助?どうしたの、慌てて。」 「実は…って、なんだそれ、血だらけじゃねぇか!」 僕の様子を見た平助は、驚き一歩下がる。 …一般隊士を先に帰して、本当によかったよ。 「大丈夫、全部返り血だから。 それより、どうしたの、慌てて走ってきて。」 「っと、そうだ!総司、一くんが…!」 …まさか…。 平助の言葉を最後まで聞かず、走り出していた。 まさか…まさか一くん…!? 走ることによって温まる体とは反対に、頭から血が引き、すっと冷える。 「っ、一くんっ…!」 ガラッと派手に開けた襖の奥、布団を取り囲むようにして、 土方ら幹部が集まっていた。 「総司…」 「土方さんっ…一くん、は…」 「…走ってきたのか…。 よかったな、斎藤…総司が来たぞ。」 すっと場所を空けられ、そこにふらりと入る。 土方さんに促されて座り、一くんの方を見る。 「…そ…じ…」 「…っ、一くん!」 今にも閉じてしまいそうな瞼を必死に持ち上げ、総司と目を合わせていようとする。 ふと視線を下ろすと、布団の真ん中辺りがもぞもぞと動いているのが見えた。 意図を察した総司は、布団のなかに手を入れ、動いていた手をしっかりと握ってやる。 「よかった…目が覚めて…」 「…総、司…血が…」 返り血まみれの総司を見て、その血を総司のものと思い込んだ斎藤が、心配そうに声を掛けてくる。 「うん、大丈夫。僕は擦り傷一つついてないから。 僕より一くんの方が心配だよ?」 血が総司のものでないと分かった斎藤は、本当に安心したような表情を浮かべた。 「総司ー!…って、もういたのかよ…」 「平助…よくも僕に勘違いさせるようなことをしてくれたね?」 「え?いや、俺は一くんが起きたって言おうとしたのに、お前が勝手に勘違いして…」 「とりあえず一発なぐ…っ!?」 斎藤の手を離し、平助の元へ歩み寄ろうとして立ち上がった総司だったが、 足元がふらつき、原田に受け止められる。 「っと、大丈夫かよ総司?」 「ごめん左之さん…力が入らなくて…」 再び立ち上がろうとするが、やはり足に力が入らず、ふらつき、原田に支えられる。 「何で…?」 「…町で数十人も倒してきた身体的負担、斎藤が危険だと思ってた精神的負担、 それに加えて、危険が去った安心感で、体が限界なんだろ。」 ったく二人揃って…と、土方が呆れ顔で呟く。 周りにいた幹部たちも、安心感からか笑みをこぼす。 「原田、総司を部屋まで運んでやれ。 …ってか、とにかく先に着替えろ!血だらけじゃねぇか!」 「勲章ですよ。…左之さんごめん。」 「いいってことよ。総司くらいなら軽い軽い。」 遠回しに貧弱といわれているような気がしないでもなかったが、 とりあえず無視をして、斎藤の方へ体を向ける。 「一くん、また朝に来るから。 今日はゆっくり休んでね。」 「………。」 声をかけたが、既に意識がないようだった。 意識を失うというよりは、睡魔に襲われたという方が正しいだろう。 「すげぇ出血だったからな、貧血で起きてられねぇんだろ。 明日になればもう少し元気になるさ。」 「土方さんそういうなら、大丈夫だろう。行くぞ総司。」 肩を貸してくれるのかと思いきや、全身が宙に浮く感覚。 左之さんの馬鹿力…そう後悔しても時既に遅し。 まるで子供のように抱っこされたまま、退室する。 (本当によかった…一くんが助かって…) 再び訪れた安心感、そして規則正しく揺れる体に、ゆっくりと睡魔がやってきて。 「総司ー?寝るなら部屋で着替えてからにしろよ?」 「んー…」 ごめん左之さん。 ちょっと守れそうにないかな…。 心地よい感覚に身を任せ、静かに目を閉じた。 ──数日後。 「一くん、中庭散歩しようよ。」 「あぁ。あんたは薄着しすぎだ、上着を着ろ。」 やっと歩けるようになった一くん。 体力回復のために、ここ何日か、一緒に散歩をしている。 肌が白いのは元々だが、それでも赤みが戻ってきた気がする。 「…あ、一くん、雪が降ってるよ!」 「…本当だな。」 「…準備出来た?行こう。」 一くんの手を取り、一緒に歩く。 まだ足元が覚束無いところがある一くんに合わせ、少しゆっくりと歩く。 再び並んで歩くことができてよかった。 言葉には出さないが、心から思う。 「総司、嬉しそうだな。頬が緩んでいるぞ。」 「一くんがいてくれるからだよ。」 一くん。 君がいなければ。 僕は笑うことすらできないんだ。 隣に君がいてくれる幸せ。 「一くんっ!」 「…なんだ、急に…。」 そんな幸せと、君の手。 僕はどちらも手放さないで、君と生きていく。 長かった! でも書きたいの書けたから満足! だがしかしぐだった\(^o^)/うるるるる 沖斎大好きー〓← [*前へ][次へ#] |