春和景明 「御主人、湯を少し頂けませんか?」 暖かい風の吹く春の午後、食堂の掃除を終えて布巾を洗っていたフェアの元に、シンゲンがやって来てこう言った。 少し息を切らせて駆け込んで来たシンゲンは、何やら懐に大事そうに抱えている。 「う…うん。今沸かすから、ちょっと待って。 でも、どうしたの?何持ってるの?」 ああ、とシンゲンは嬉しそうに頬をゆるめて、懐の包みをほどいた。 懐紙の中から取り出されたのは、水気のなくなった頭の部分だけの淡い紅色の花が2つほど。 ほころんだ顔ときょとんとした顔が仲良く横に並んで、数秒の沈黙が流れる。 「…これは何?」 「これはですね、桜漬けといいまして、桜の花全体を塩漬にしたものなんです」 「花? シルターンじゃ花も漬物にするの?」 「ええ。中々風味が良いですよ」 [次へ#] |