春和景明
火にかけていた鍋の水がふつふつと沸き始める音がして、桜漬けを覗き込んでいたフェアは慌てて鍋を火から下ろす。
沸いたお湯を手早くポットに移し、再び桜漬けの置かれたテーブルについた。
「お湯をどうするの?」
「湯呑みにこの桜漬けを入れて、上から注ぎ入れるんですよ。
御主人もお一つ如何ですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
シンゲンは、手慣れた様子で湯呑みの底に入れた桜漬けに、大事に大事にお湯を注ぐ。
ふぅわりと優しい匂いが辺りに広がって、フェアはほぅ、とため息をついた。
「見て下さい」
と、薄く湯気の立つ茶碗をシンゲンが差し出した。
茶碗の中には先程までしおれていた花が、ゆっくりと開いていく様子が見える。
まるで今生き返ったかのように咲く様子は、不思議であるが美しい。
「綺麗でしょう?湯を入れたものを“桜湯”というんですよ」
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