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ある夜の秘恋の噺





「わざわざ獣道を開いて薬草探し回って、空回りだねェ」


やれやれ、と目を細めて。
気怠そうに灯未は立ち上がった。

「天狗の森の薬草も、水仙の隠し庭も、無駄足だなんてねェ」

欠伸をひとつして、もう一匹と穴子に手を伸ばした灯未の手を俺は思わず払って、ラスト穴子はいただいた!…いや違う、そうじゃない。


「帰ってくれ…!」

「…あれ、なんで怒ってるのかなァ」



本当に分からない、といいたげに目を細めて俺を見つめる。あぁ、そうだこいつは獣だった。

品定めされるような視線に晒さて、初めて気がついて。



「我が輩は人間を食べる趣味はないけどねェ…

『かぐや姫』なら話は別だよ」


ニタリ、と笑った赤い口には鋭い牙が見えた。


「呼ぶには供物を、帰るにも手土産を持たせるのは礼儀だよねェ」

「…っ、」



ずい、と灯未が迫る前に。
竜友が間に入るようにそこに立って頭を下げた。


「…感謝する、灯未」



「…へェ」


満足げに、竜友を眺める灯未は不思議そうに首を傾げた。



「神格に頭を下げさせるなんて、『かぐや姫』ってそんなに偉大なんだねェ」

「……郭哉は、」



竜友の背越しに、楽しそうな灯未の笑みが見えた。


「……大切な人なんだ」


「ふぅん」




なにか納得したのか、それとも弱味でも掴んだのか、灯未は緊張を解いた。また、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべて俺に笑いかける。
いまいち好きになれない。



「ごめんねェ、びっくりしたかなァ」

「……」


「嫌われちゃったァ?」


本当に、嫌いだと言っても。こいつは「ふぅん」としか言わないんだろうなと察した。

だからこそ、首を振った。



「いいや…こっちも、手伝って貰ったみたいで…悪かった」


「いいよ、お互い様だからねェ」


ふふ、と笑って。
灯未の姿は黒猫になった。



「獣道には『心』に効く薬草に通じる道はないよ、だからねェお二人さん。もっとよく話しなよ?
時に『心』とは『怪我』よりずっと厄介だよ。

いつ治るか、どうしたら治るか、何が効くのか分からないからねェ」


ちりりん、
と鈴の音がして。


霞のように黒猫の姿は消えてしまった。





取り残された気分だったけれど、ふと竜友の背に手を伸ばしてみた。

思ったよりずっと、近い。



「…郭哉」

「わ、」


急に振り向いたかと思うと、竜友は難しい顔で俺の頭を抱え込んだ。息がし難い。



「私は言葉が足らないか」


「…うん」


「私は空回りしていたか」


「らしい」



俺が答える度に、竜友の声は頼りなさげになっていく。



「…私は信用出来ないか」


「…いや」



すると、急に「そうか」と俺を解放して破顔一笑した。

「私は出来る家政夫さんだろうか?」


「飯に関しては、最高…」



少し気分が良くなったのか、竜友は嬉しそうに食器を片付け始めた。



そうだな、竜友。


もっと話そう。



そんな事を思いながら、重たい体を引きずって。俺はまた布団に倒れ込んだ。

枕元には、竜友の摘んできたらしい薬草と花が花瓶に入れられていた。



少しだけ、体調が良くなったような気がした。




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