ある夜の秘恋の噺 2 「わざわざ獣道を開いて薬草探し回って、空回りだねェ」 やれやれ、と目を細めて。 気怠そうに灯未は立ち上がった。 「天狗の森の薬草も、水仙の隠し庭も、無駄足だなんてねェ」 欠伸をひとつして、もう一匹と穴子に手を伸ばした灯未の手を俺は思わず払って、ラスト穴子はいただいた!…いや違う、そうじゃない。 「帰ってくれ…!」 「…あれ、なんで怒ってるのかなァ」 本当に分からない、といいたげに目を細めて俺を見つめる。あぁ、そうだこいつは獣だった。 品定めされるような視線に晒さて、初めて気がついて。 「我が輩は人間を食べる趣味はないけどねェ… 『かぐや姫』なら話は別だよ」 ニタリ、と笑った赤い口には鋭い牙が見えた。 「呼ぶには供物を、帰るにも手土産を持たせるのは礼儀だよねェ」 「…っ、」 ずい、と灯未が迫る前に。 竜友が間に入るようにそこに立って頭を下げた。 「…感謝する、灯未」 「…へェ」 満足げに、竜友を眺める灯未は不思議そうに首を傾げた。 「神格に頭を下げさせるなんて、『かぐや姫』ってそんなに偉大なんだねェ」 「……郭哉は、」 竜友の背越しに、楽しそうな灯未の笑みが見えた。 「……大切な人なんだ」 「ふぅん」 なにか納得したのか、それとも弱味でも掴んだのか、灯未は緊張を解いた。また、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべて俺に笑いかける。 いまいち好きになれない。 「ごめんねェ、びっくりしたかなァ」 「……」 「嫌われちゃったァ?」 本当に、嫌いだと言っても。こいつは「ふぅん」としか言わないんだろうなと察した。 だからこそ、首を振った。 「いいや…こっちも、手伝って貰ったみたいで…悪かった」 「いいよ、お互い様だからねェ」 ふふ、と笑って。 灯未の姿は黒猫になった。 「獣道には『心』に効く薬草に通じる道はないよ、だからねェお二人さん。もっとよく話しなよ? 時に『心』とは『怪我』よりずっと厄介だよ。 いつ治るか、どうしたら治るか、何が効くのか分からないからねェ」 ちりりん、 と鈴の音がして。 霞のように黒猫の姿は消えてしまった。 取り残された気分だったけれど、ふと竜友の背に手を伸ばしてみた。 思ったよりずっと、近い。 「…郭哉」 「わ、」 急に振り向いたかと思うと、竜友は難しい顔で俺の頭を抱え込んだ。息がし難い。 「私は言葉が足らないか」 「…うん」 「私は空回りしていたか」 「らしい」 俺が答える度に、竜友の声は頼りなさげになっていく。 「…私は信用出来ないか」 「…いや」 すると、急に「そうか」と俺を解放して破顔一笑した。 「私は出来る家政夫さんだろうか?」 「飯に関しては、最高…」 少し気分が良くなったのか、竜友は嬉しそうに食器を片付け始めた。 そうだな、竜友。 もっと話そう。 そんな事を思いながら、重たい体を引きずって。俺はまた布団に倒れ込んだ。 枕元には、竜友の摘んできたらしい薬草と花が花瓶に入れられていた。 少しだけ、体調が良くなったような気がした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |