main
バレンタイン?
「ねーヒソカー」
部屋中に甘い匂いを漂わせながらキッチンでカチャカチャと何か作っている彼女から呼ばれそちらに顔を向ける。
「ちょっと手伝ってくれない?」
こっちを向いて手招きをする彼女。自分はぬくぬくとコタツで暖をとっていたのだが家主から言われてしまえば仕方ないと名残惜しく重たい腰を上げた。
冷たいフローリングに裸足で立つ。せっかく暖まった体が冷えていくのを感じたがキッチンへ足を動かした。
「これ泡立てて」
はい、と渡されたのはボウル。その中には透明な液体。彼女を見ればその顔には笑顔が浮かんでいた。どうせ失礼なことを考えているに違いないがとりあえず素直にボウルを受け取った。
「角が立つまでしっかり混ぜてね」
「ミキサーとかないのかい?」
「そんなものウチにありませーん」
ほらほらと急かされ渋々混ぜはじめる。まあケーキが食べたいと言い出したのは自分な訳だからしょうがない。ここは素直に従っておくことにした。
シャカシャカと手を動かし泡立てる。今までお菓子作りなんてしたことがない。もちろん卵を泡立てるのも初めてで、何だか不思議な感じがする。
しばらくすると透明だった色が白っぽくなってきた。意外と楽しい。
話すこともせず黙々と混ぜている自分を見て彼女が肩を震わせてるのも気づかないくらいのめり込んでいた。
「そういえば、何でいきなり手作りケーキ?」
買った方が早いし、私も楽でいいんだけど。そんな心情を知ってか知らずか、目の前のこの男は炬燵に入って暖まったのか何だか眠そうだ。きっと知っていたに違いないが…
「んー?」
「寝るなっ」
炬燵の中でヒソカを蹴る。そんなに大きくない炬燵だからちょっと伸ばせばすぐそこに足があるのだ。
「だって、バレンタインってそういうものなんだろう?」
机に顔をつけながら器用に目線をこちらに向けて上目遣いで見てくるヒソカ。
「まあ、確かにそうたけどさー」
確かに、女から男にチョコをあげるっていうのは間違ってない。間違ってないが、
(私からヒソカにっていうのが笑える話よね)
ま、最近では友チョコなんていうのもあるからそんな感じ?と1人考える。
ふと静かになったな、とヒソカを見るとテーブルに突っ伏して寝ている。すうすうと聞こえてくる寝息に呆れていると、ピーッピーッとオーブンから音が聞こえてきた。どうやら焼きあがったようだ。よっこいしょと腰をあげ暖かい炬燵から出て台所に向かう。
オーブンを開けるとチョコの匂いが一層広がり顔が綻ぶ。作る手間はかかるが出来上がったときのこの匂いがたまらないのだ。肺いっぱいに吸い込みチョコの匂いを楽しむ。3回ほど吸って吐いてを繰り返したところでオーブンから取り出した。
型から外してあら熱をとる。その間に生クリームでも泡立てるかと冷蔵庫を開けようとしてポンと閃いた。
そういえばと冷凍庫を開け中を見ると、思った通り入っていたバニラアイス。
ちらっと後ろを見ればまだ突っ伏して寝ているヒソカの姿。結構深く眠っているのかまだ起きそうにない。一応近づいて顔を覗けばその目は閉じられていた。
それを見てにんまり笑い台所に戻りいそいそとバニラアイスの蓋を開ける。まだ熱々のガトーショコラを切ってお皿に分けその横に冷たいバニラアイスを盛る。
(おいしそ〜!我ながらナイスな考えだわ!……ん、んまーい!)
思った通りおいしかった味に感動しつつヒソカが起きる前に!と手を動かす。
すると3口目を口に入れた時、後ろから声が聞こえた。
「1人で美味しそうなの食べているね」
ビクッとして振り返ると、寝ていたはずの男が起きていた。頬杖をついてこっちを見る目は少し細められている。やばい拗ねてる。
とりあえず言い訳しようと口に入れっぱなしだったスプーンを抜く。
「お、起きたの?別に1人で食べようなんて思ってないわよ、」
「ふ〜ん、別に君が作ったんだから好きに食べなよ。たとえそれがバレンタインのチョコだとしても…」
「(拗ねた!めんどくさい!)ほら半分こ!」
ささーっと炬燵に移動してお皿をテーブルに置く。スプーンを渡すが手に取ろうとしない。ちょっと口がへの字になってる。どこの駄々っ子だ、と呆れながらも顔には出さないようにした。
「食べないの?アイス溶けるよ」
するとこの男、口を開けてきた。その目が食わせろといっていて、なんとも間抜けな顔だ。写真とってやろうか…
(…しょうがない、このまま拗ねたままだとめんどくさいし)
一口サイズに切ってアイスと一緒に口元に持っていく。パクっと食い付きモグモグ食べているのを見て親鳥にでもなった気分だ。さっきとうって変わって満足そうな顔を見て若干イラッとした。
結局残っていたケーキとアイスは目の前の男の胃袋に納められた。
(ごちそうさま)(お粗末様!!)
←→
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!