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短編集
(続編)兄、そして弟

千尋は犯されていた。
相手は見知らぬ相手……ではない。
無理やり犯されることを夢想しながら、千尋が抱かれているその相手は、義理の弟だった。結城という。
「はぁ…あ」
千尋の艶めいた声に、結城の動きがますます激しくなっていく。
「あぁ、あ…く」
後ろから突かれ、快感に身を委ねている、その屈辱的な感覚だけで、千尋はのぼりつめていった。
「千尋……っ」
後ろの男が、切なげな声を小さくもらし、千尋の中で達した。だが、名前を呼ばれた瞬間に千尋の気分はもう萎えている。
息を荒げて背中に倒れこんでくる結城の重みを、うっとうしく思った。
「名前は呼ぶなって言っただろ」
やっと呼吸がおさまった結城がどいた途端、千尋は冷たい声で言う。それを、ふん、と結城は馬鹿にしたように笑った。
「俺の勝手だろ」
「萎えるんだよ」
「……」
いつもは適当にあしらう千尋が、今日はきっぱりと反論したことに驚き、結城は一瞬黙った。
「なんで」
しばらくして絞り出されたその問いには答えず、千尋は目を閉じる。
どうやらわずかながら自分を慕っているらしい結城に、「他の男に犯されていることを妄想しながらセックスしているからだ」と教えるわけにはいかない。
そのくらいの優しさはあった。
いや、千尋が優しいのは上辺だけだ。いいセックスの相手を探すのは難しい。だから、結城を失いたくはないと、千尋も少しは思っている。だから優しくしてやるのだ。
もっとも、共に育ってきた結城が簡単に自分から離れるわけがないと、千尋は知っていた。
問いを無視して寝ようとしている千尋の顔を、結城はしばらく睨むように見ていたが、勢いよく起き上がると部屋を出ていった。
あいつは何が望みなんだ、と閉められる扉の音を聞きながら疑問に思う。
千尋と肉体関係があることで、小さな独占欲が働くのか、千尋が自分を見ていないと機嫌を損ねることがよくある。それが愉快でもあるのだが、あまり助長してくるとうっとうしかった。
千尋は、結城を義理の弟でありセックスできる便利な男という、それだけの相手としてしか見ていない。家族愛という感情はない。
小さな頃から知っているせいだった。


千尋は、自分自身がこうだから、二人の関係は淡々と続いていくものだと思っていた。結城か、千尋、どちらかが飽きれば終わりだし、あるいはどちらかに恋人が現れるかも知れない。
千尋は淡泊なつもりだった。

結城が大学院に進み、夏。
炎天下の気温も、夕方になるとわずかではあるが下がり、直射日光を浴びなくて済む分、かなり楽になった。
千尋は珍しく早めに帰宅することができた。まだ明るいうちに帰ることができるなんて、本当に珍しい。会社に入ってから、数えるほどしか覚えがない。
濃い夕日に照らされた町並みは、見慣れた町なのに、千尋の目には物珍しく映った。
だが、自宅の近くまで来た時、生まれて初めて目にする光景に出喰わす。
家が見える辺りまで来た時、玄関の扉が開き、誰だろうと思う間もなく若い女性が出てきた。
女性は玄関前の三段しかない階段を下りきると門を開き、そこで立ち止まり後ろを振り返った。女性に少し遅れて結城が現れた時、千尋は思わず歩みを止めて近所の車の陰に入ってしまう。
結城の恋人だ、と思ったからだ。
兄と顔を合わせるなんて、結城も彼女も気まずいだろう。そう気遣ったつもりだったが、自分が気まずい思いをすると即座に感じたから隠れたのだとは、千尋にはわかっていなかった。
大きなワゴンの陰に立ち、そっとうかがうと、女性を送っていくわけではなく、門の前で結城は彼女と話をしていた。
二人のにこやかな笑顔。
「じゃあ、また遊びに来るね」
可愛らしい、やはりまだ若い女性の声が聞こえてきた。
彼女が駅に向かうならば、千尋のいる方向へ来るはずだ。
ワゴンの陰に立っているサラリーマンなど不審だ。
怪しまれたくなくて、とっさに千尋は陰から出た。話をしていた二人は通りなど気にしていなかったらしく、千尋が家の方向へ歩き始めても、かなり近づくまで気づかなかった。二軒隣まで来た時、女性が結城に手を振り、千尋の方へ歩き始める。彼女の動きを追って顔をこちらに向けた結城が、はっと一瞬だけ目を見開いた。
千尋は女性に小さく会釈をするが、彼女には千尋が誰だかわからないだろう。それでも戸惑いながら、小さく頭を下げる様子を見て、感じの好い子だと思った。
千尋が家に近づいて行くと、結城はくるりと背を向け、中に入ってしまった。
そんなふうに避けることはないだろう、と弱冠不快に感じながら千尋も玄関の扉を開けた。
リビングに行き鞄をソファーの横に置く。外は暑かったし、とにかく飲み物が欲しかった。
そこには結城もいて、テレビの電源を入れながら千尋を見ずに言う。
「早いね」
「ああ。悪かったな、邪魔をして」
からからん、と氷を硝子のコップに入れる涼しい音。冷蔵庫には麦茶が入っている。
「別に、帰るとこだったし…」
「そうみたいだな。彼女か?」
千尋はふと視線を感じて振り向いた。
結城がソファーの横に立ち、こちらをじっと見つめている。
目が合うと結城は口を開いた。
「そうだよ。彼女。去年からつき合ってるんだ」
「あ、そう」
結城は何かを問いたげに、じっと見つめてくる。
千尋はそれを振り切って、手元のコップに目を向けた。麦茶を注いでから、コップを横に置く。冷蔵庫を開けて、麦茶のポットを入れ、また扉を閉める。
全ての動作がゆっくりとしていた。千尋にはそう感じられた。時間がひどく長く…。
なぜならば結城の目線が、うっとうしかったからだ。
うっとうしい、というのもある。それに、気まずい。
コップを持って振り返ると、彼はやはりそこにいて、千尋を見ていた。
「なんだ?」
至極、平然と、千尋は問いかけた。
平然を装った。
麦茶を一息に飲み干すと、ほっとする。やはり体はずいぶんと水分を失っていたようで、結城のせいで苛立っていた心さえもかすかに和んだ。
空になったコップの中では、氷がまたからからと鳴る。
「別、に」
結城はそう言うと、背を向けてリビングを出て行ってしまった。
ばたばたと階段を上がる足音が続く。
千尋はそのあっけない反応に、きょとんとしてしばしそこに立ち尽くしてしまった。
ソファーに座って、結城がつけたまま放置していたテレビの電源を切る。
さっきの、すれ違った女性を思い出した。
顔は可愛かったし、態度も良かった。
あれが結城の彼女か……。
改めて、そう思った時。
胸になんだかわだかまりが浮かんできた。
もやもやと、いやな気分。
千尋はぎゅっと眉をひそめる。
なんだ……結城に彼女がいて、俺は不満なのか?
結城はただの弟なのに。弟に恋人がいて、不満だなんて……。
いや、違う。恋人が男ならいい。女であることが、不満なのだ。
女も抱けるのに、自分のことも抱く……それは、ゲイである千尋には裏切りのように感じられた。
スーツの上から見ても細い腰が目立つ、その背中を見つめながら、こんな体で炎天下を歩いていて大丈夫か、と結城は思った。
汗にまみれた髪の毛が首筋にはりついているのを見ると、後ろから抱き締めて犯したくなる。結城はもうそういう目でしか千尋を見ることができない。
麦茶を手に、千尋が不審げな顔をして振り向いた。
「なんだ?」
その問いはひどく冷たく、結城の耳に響いた。
そんなゲスな目で俺を見てんじゃねぇよ、とでも言いたげに聞こえた。
千尋はベッドではあれほど乱れるというのに、結城自身に何ら興味を示さず淡泊だ。結城の恋人の存在を知ってすら、大した反応はなかった。
そんな些細なことにショックを受けている自分が、どうにも惨めに思えて、
「別、に」
冷静を装おうとしたがかすれた声で言い、リビングを走り出た。
千尋は俺のことなんて、何とも思っていない。
そう思うと、いつも胸が引き裂かれるような気がする。千尋がどういう人間か、幼い頃から接している結城はわかっていた。
愛想が良くて、いつもきれいな笑顔を見せるけれど、決して自分には立ち入らせない男だ。
彼を振り向かせるには、自分では力不足だ。
わかっていても、千尋が欲しかった。


いつも帰りは遅く、外食ばかりの千尋は、たまに早く帰った時にまで出前食は食べたくないと思った。両親はいつ帰るかわからず、この家では食事は各自が勝手にとることになっている。
千尋は結城の部屋の戸をノックした。
「夕飯、作るけど、食べるか?」
扉越しに声をかけた。返事も、そのまま聞くつもりでいたのだが、すっと扉が開き結城が顔を出す。驚いた顔をしていた。
「作るのか?」
「ああ、食材はある程度揃ってるみたいだし」
「食べる」
「そっか」
結城が驚くのも無理はない。千尋は家で料理をしたことなどないからだ。
だが千尋は学生時代に一人暮らしをしていたこともあり、料理でも何でも人並にこなす。いや、基本的に器用で、何でもそつなくこなすのだ。
千尋が階下へ行くと、なぜか結城も後をついて来た。キッチンに入り千尋が食事を作る間、ソファーにくつろいでいるふりをしながらずっと様子を見ていた。
千尋はさして気に止めなかった。料理をしている姿が珍しいのだろう、と思っただけだ。
そして、大体出来上がってきた頃、結城はいそいそと立ち上がり箸や皿を準備し始める。手伝おうとするその姿に、千尋は心中で笑みをもらした。
小学生くらいまで、千尋の周りに常につきまとっていた結城の姿を思い起こしたからだ。
ずいぶんガタイの大きくなった男を、可愛い弟だと思い直してしまった。
だが。


夜、10時頃だ。千尋はまだ寝るには早く、ベッドに転がり本を読んでいた。
隣は結城の部屋だ。その部屋の扉が開く音は聞こえたが、さして気にはしていなかった。
だが、次に自分の部屋の扉が開いて、驚き慌てて身を起こした。
「おいっ」
咎める間に結城はどんどん近づいて来ると、千尋の肩に手をかけた。どっと後ろ向きに倒され、千尋は暴れる。
だがそんな攻防はもう、慣れたものだった。
押し倒され、結城は下を引きずり下ろす。下着も続けて脱がされると、千尋はもう興奮し始めていた。
「もうこんなになってんじゃねぇか」
笑った結城にそこを握られ、千尋はびくっと顔を背けた。
足はすでに大きく開かされている。そこに結城が上半身をかがめた。
ぬる、と秘所をなめられ、足をばたつかせたが、両方の太股をしっかり掴まれている。
「ぁ…」
かすかな声をあげてしまうと、それに影響されたかのように陰茎も固さを増した。
音をたてて結城がなめ、口に含む。
「あっ…ん」
気持ちよさに、千尋が力を抜いて感じ始めると、足を押さえていた手が離れ後ろの方にのばされた。
「ふ…ぅ、あ、ぁ…」
堅い入り口に、指先がもぐりこもうとくすぐってくる。ひくひくと尻たぶが震えた。
結城の口は陰茎から離れ、ぺろりとその下方をなめる。秘部の周囲をなめられ、そして、指が入り込んでいた。
「んぁっ」
「……やらしー声、出すよな」
結城が笑った。

たっぷりとほぐされ、正面から結合すると、千尋は息を乱し、身悶えた。
「ぁ、あ…だめ…っ」
「何が」
「ぅ…ん、や…」
がくんがくんと揺らされた。だが、向き合ってするのは好きではない。
もっと、乱暴に、無理やりに、屈辱的に犯されたいのだ。
しかし結城の顔が見えると、それだけで気分が萎える。
「電、気…消せ…っ」
「だめ。やらしい顔、じっくり見せて」
楽しそうに結城は言う。千尋は目を閉ざし横を向く。
だが頬に手がかけられ、無理やりに前を向かされた。目を開いてなるものかと、ぎゅっと目蓋に力を入れるが、次の瞬間に優しいキスに襲われた。
唇を吸われ、舌が入り込んでくる。
激しいキスだったが、それは優しかった。
そんなふうにされることは望みではない。もっと、意地悪に、いじめて欲しい。もっと、獣のように力強く攻められたい。その方が興奮する。
だが、こんなふうにされるのは久しぶりだった。
誰とつき合っても、千尋が望むセックスはいつも同じだから、こんなふうに優しくされるのは、記憶にないくらいに遥かな過去だ。
千尋を気遣うように、ゆっくりと腰を動かされ、優しいキスをされて、千尋は頭の中が真っ白になってくるのを感じた。
「あ…あっ、あっ、も…ん、ぅ…」
甘い声をもらして身をよじる。
たまにはこんなやり方もいい…と思いながら、達した。


だが終わった後は、千尋は結城を冷たく追い払った。
「正面からするのは、好きじゃないと言っただろ」
激しくよがったくせに、怒りをあらわにそう言う千尋を、結城が困ったように見る。結城の困惑もわかるが、千尋は譲るわけにはいかなかった。
「二度と入って来るな!」
そう怒鳴りつけ、結城を追い出すと部屋の扉の鍵をかける。今まではわざと鍵を開けたままにしていたが、もう、開けてやるつもりはなかった。
あんなふうに感じてしまった自分が恐かった。
だが相手は結城だ。仮に恋人ならば、いや、行きずりの男でも、あんな優しいセックスに感じてしまっても、ここまでいやな思いはしない。
相手が弟だということを、今更ながら千尋は恐ろしく思った。弟を相手に、すがりついてキスを求めて、同時に達するなんて、もしこれが癖になってしまったら恐い。
強姦のようなプレイを楽しむならば誰でもいい。結城が相手でも困らない。
「あんな…の…」
正直に、気持ち良かった。愛されているようで、気分が良かったし、いつもより感度も上がっていた。
それに陶酔してしまうと、相手に惚れてしまいそうになる、淫乱な自分の性質が恐いのだ。
千尋は部屋を暗くした。
こういう暗い部屋で…男に襲われて、無理やり…されたい。
そう想像して、自分のものを握った。こすって、男に突き入れているところを想像しながら、達する。
こうされたい。そう実感する。
そうやって、確かめようとしている自分が、すでに深みに入り始めていることに千尋自身が気づいているはずがない。
それから一週間、結城が千尋の部屋に来ることはなかった。千尋は部屋の鍵をかけ続けていたし、結城が扉を叩くこともなかった。
千尋の仕事は忙しくなり、また、毎日の帰りは遅くなっていた。
日常に翻弄されている間に、いつの間にか、一月が過ぎていた。
もう結城を警戒して部屋の鍵をかけてはいなかったのだが、それでも、来ることはなかった。


家に帰るのが、苦痛になっていた。
千尋の仕事はまた忙しくなり、帰りは深夜になる。
結城は遅くまで起きているようだったが、千尋は家で顔を合わせることがなかった。
その日も、駅からの帰り道、千尋は舌打ちしたい思いで歩いていた。
結城がなぜ来ないのか、考えると不快になる。だから考えない。不快になる理由はわかっている。
家の鍵を鞄から取り出しながら、実際に千尋は舌打ちした。
自分がいつの間に深みに入り込んでいたことが、腹立たしくて、悔しくて、同時に哀しくて仕方がない。
気づいてもどうにもならないし、それに遅い。
それならばもっと結城に優しくすれば良かったのに、もう遅いはずだ。彼はもう、千尋のことなど振り向きもせず、去年からつき合っていたという彼女を抱くのだろう。
それなら、それで構わない。


家の前で、二階の結城の部屋の明かりがついていることは確認していた。
千尋は風呂からあがると、まっすぐに結城の部屋へ向かう。その扉を開いた時、部屋の中央であぐらをかいてテレビを見ていた結城が、目を見開き振り向いた。
その驚愕した顔を見て千尋は笑った。こんなに狼狽する姿を見たことがなかったからだ。
うっすら笑った千尋の、目がすでに濡れていたことに、結城は気づいたのかも知れない。その顔が引きつる瞬時に、千尋は部屋に入り扉を閉めた。
「しようぜ」
言うなり大股で近づき、前かがみになると、床に落ちていたリモコンに手をのばしてテレビの電源を切った。そのまま上半身を起き上がらせずに結城に襲いかかる。
これで最後だと、千尋は決めていた。
ただ最後に、結城の気持ちを聞いてやろうと思った。
「ちょ…ま、待って」
「なに焦ってんだ? いつもはおまえから来るくせに」
余裕を見せつけるようにそう言って笑う。
結城はいやがったが、抵抗らしい抵抗もしないので、シャツの裾をつかんで上へ引っ張った。あらわれた精悍な胸に唇を落とす。
「う…ち、千尋っ」
「ん?」
手を股間に忍ばせると、結城はもう勃っていた。
固くなり始めたそれを、緩く撫でてやる。
「やめろっ」
どんと肩を押し返され、慌てて千尋は後ろに手をついた。転がりはしなかったが、尻餅をついて結城を見上げる。
「なんだよ、一体」
「なんだって? したくなったから来たんだよ。それだけ」
「……もうおまえとはやらない」
そう言ったが、結城の目は千尋から逸らされ、二人の間の床へとさまよっていた。
「やらないのか?」
「や、やらない」
「じゃあ、最後の一回ってことで。いいじゃないか」
そう言って、千尋は手をのばす。だが、存外強い力でそれは振り払われた。ぱしっと音がしたほどだ。
痺れが走った手首を、千尋は呆然と見つめる。
「出て行けよ」
以前とは違い、千尋が追い出される側だ。以前、自分が言っていたことと同じことを言う結城を見つめ、自分が言った時には結城は出て行かなかったのだから、自分が出て行くことはない、と千尋は思っていた。
「なんで俺とはやらないんだ?」
そう問いかける。
その時、結城は即答できなかった。問いかけた時、のどが詰まったように息が止まるのを見て、千尋は確信する。
結城は自分が欲しいはずだ。
いや、はず、ではない。欲しいのだ。
やらない、と言ったがその理由を言えない。
千尋はそう確信したにも関わらず、哀しげに眉をひそめた。
欲しいのは俺の体なんだろう。
そう思うと、切ない。
だが、勢いよくシャツを脱ぎ捨てた。考えることを放棄するように、間を置かず下も脱ぎ去る。全裸になり、結城の前に立った。
結城はうつむいたままだ。千尋はその顔に手をかける。ひどく優しく頬を撫で上げると、それにつられたように結城が顔を上げた。
「やろう。おまえも勃ってたじゃないか」
千尋のものは、勃ち上がり始めていた。完全に臨戦体勢というわけではないが、やる気なのは一目でわかる。
「俺としたくないか? ……俺が欲しくないか?」
結城は眉根を強く寄せた。細められた目が、千尋の顔、胸、腹…と順に辿る。
欲しくないか、と千尋が呟いた瞬間だった。結城の手が延ばされ、千尋の腰にかかる。迷わず引き寄せられた千尋の方は驚いた。
勃起していた陰茎を口に含まれた。
「ぁっ」
先っぽを口に含み、なめて、すぐに出した結城が、千尋を見上げた。
「淫乱」
そう吐き捨てた顔が、目が、すでに獣のもので、それに見つめられた千尋は腰の奥にずんと痛むような快感が走るのを感じた。
「ベッドへ行けよ」
言いながら、結城は千尋の腕を掴むとベッドの方へと引っ張る。足をもつれさせながら千尋はベッドへと転がった。
のしかかってくる、男の重い体を感じて、千尋は笑っていた。
「おまえ…」
貪るように、千尋の体のあちこちに唇を這わせ、撫で回す結城の髪を掴み、あえぎながら問う。
「おまえ…彼女、と…俺、どっちにするんだ?」
そう口にした瞬間、結城は驚いたように顔を上げた。
目が合えば、答えはわかる。だが、ベッドでの男なんて、そんなものだ。その時だけは、「おまえだけだ」という顔をして、だが違う相手とベッドに入れば、その相手にも同じ顔を見せる。
そんなものだ……わかっていても、千尋は聞いた。
「俺は女のいる相手なんて、いらないんだが」
余裕がないのに、自分の方が立場が上であるかのように見せたくて、千尋は虚勢で笑った。
だが結城は、千尋には予想できなかった反応を見せた。
突如、起き上がると千尋の顔の横に手をつき、体を押し付けてくる。完全に重なり合って、目を合わせた。
「彼女とは別れる。千尋が一番欲しい」
突然だった。真摯なまっすぐな言葉に、けしかけた千尋の方が驚いてしまう。
「……え……。……え?」
「彼女と別れたら、千尋は俺のものになるな?」
そう問われて、やっと、先程の自分の問いを結城がどう理解したのか、千尋は気づいた。
だが、それが嬉しかったのに、千尋は、
「なに、言ってんだ。兄弟で」
まるで自分に言い聞かせるような声だったが、そう小さく囁いた。咽が渇いて大きな声が出ない。
しかし結城はその言葉にも、強い声で言い募る。
「あんな親、そのうち離婚するだろ。そしたら」
「……あ、ああ」
確かに、親はほとんど家に寄り付かず、浮気に一生懸命だ。
二人が、そのうち他人に戻る可能性は大きい。
そうだ。放っておいても離婚するだろうし、千尋が少しそそのかすような助言をすれば、あの二人はあっさりとそれを考えるだろう。
そうしたら。
そうしたら、目の前の男は……。
千尋は結城の顔を見つめた。必死に自分の顔を見つめる、男を。
「そうだな……じゃあ、おまえのものになっても、いいぞ」
そんな言い方をしてしまう自分を嘲笑いたい気分になった。
こんな男、結城に愛想をつかされてしまうに違いない。
けれど結城は真剣にうなずいた。
「俺のものだ」
そう言い、口吻けてくる。
「ぁっ」
「千尋……好きなんだ」
強く抱き締めてくる、結城の背に手を回した。思いのほか力がこもってしまう。
千尋はどうしても、好きだという言葉は口に出せない。それを言ってしまうのが恐い。
しかし、千尋がこうして結城を抱き締めたのは初めてだった。強く抱き締めたその手から、想いが伝わっているなど、千尋は気づかなかった。
そして、見知らぬ男に犯されたい、という願望も、千尋は当分伝えることは出来なかった。

 その性癖について告白し、二人の間にひと波乱起きるのは、一年も先のことだった。




**終**


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