小咄
狂慕を捧ぐ
「……私は醜いだろう?」
そう言いながら縋るような瞳で此方を見上げる藤次郎を、景綱は改めて見やった。
灯火に揺れる黄金色は、琥珀のように美しい。確かにもう片方の其れが失せてしまったのは惜しいが、肉腫となった右目は何よりも崇高であった。
《狂慕を捧ぐ》
右目があるはずの場所は肉の塊となり、その表面は鱗のように硬い。湯で濡らした絹でそっと清めると、ざらりとした感触が伝わってくる。輝く金糸である御髪と相俟って、天上から舞い降りた龍神のようだと、景綱は常々思っていた。
夜の灯火は不規則に揺れ、ふたりの顔を照らす。静まり返った城内からは、何の物音も聞こえない。
「某は貴方様より麗しい方に、お逢いしたことがございませぬ。」
柔らかい絹布で右目を清める手を止めずに、景綱は応えた。
就寝前に眼帯を外し、綺麗に清めるのは昔から景綱の役割である。眼帯を外し、安心しきった様子で身を任せる藤次郎があどけなくて、景綱はこの日課を好ましく思っていた。
景綱はふと、清めている手を止める。昔自らが付けた刀疵に、眼がとまったのだ。
右目と直角になるように縦に大きく伸びた刀疵は、酷く痛々しい。神聖さを帯びる藤次郎の身体にて、唯一、人間臭さを感じさせる場所であった。
「しかし…この刀疵が貴方様を損なわせて仕舞ったかもしれませぬな。…もう一度診せてみましょうか、傷が癒えるやも…」
小十郎っ!、藤次郎の声が鋭く響き、景綱は口を結ぶ。
藤次郎は傷ついたような、怯えるような色を瞳にのせ、清める景綱に縋りついた。
「この左目を喪おうとも、そんなことは赦さないよ。これは私の中で唯一美しい部分だからね。」
唄うようにそう言うと、閉じられた瞳に恭しく触れる。隻眼を緩く伏せ、疵痕を愛おしそうに辿った。
悩ましげな吐息をひとつ零すと、その輝く琥珀を覗かせ、藤次郎は景綱を見上げた。
「触れておくれ…小十郎。私に触れて、」
「、藤次郎様」
「…小十郎は綺麗だから、お前が触れてくれた場所は綺麗になる気がするんだ」
強請られるまま、昔からやっているようにその右目に唇を寄せる。
唇越しに感じる爬虫類の鱗のような感触は、随分慣れ親しんだものだが溢れ出す想いが抑えられそうになかった。僅かに触れ合う其処から、この狂おしい気持ちが藤次郎に伝わればと、何度も角度を変えて口付ける。そうでもしないと、景綱は呼吸が出来なくなってしまうようであった。
「癒やして…小十郎。…お前だけが、私を」
灯火に照らされ輝く黄金色の瞳を見つめながら、景綱は請われるまま疵痕を癒やし続けた。
触れる度熱を帯びる其処は、何度みてもやはり、何よりも気高く見える。
景綱は藤次郎の腕が縋るように背へ回されたのを感じ、更に狂わしい熱に魘された。
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