NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編 3 *聖剣/2046*2 暗がりの中、三人の男女が話していた。 一人、通りのいい声の男の声だ。 「小林が敗れました。いかがなさいますか、部長」 次に、静かで聡明そうな少女の声が制す。 「あれは小林の勝手な行動。聞くまでもなく、退部処置の後、処刑します。部長、決定をお願いします」 最後に、妖艶なアルトが穏やかに告げた。 「捨ておけ。あれはもう、我らには関係の無い代物じゃ。それより、余は例の神父に興味がある。 あの男がどこまでかやるやも知れぬ。これ、面白き宴なり」 「部長……」 「あれが真に我等の敵となりうる力を持つのならその力、余は欲しい……。見極めようぞ、部員を刺客に送れ」 「はっ、仰せのままに」 「面白くなってきたのう……」 濡れた瞳が銀色の月を見上げていた。 * * * 頭がぼんやり……していたんだと、思う。 何が起こったのか全くわからなかった。 ただ、考えられる状況として、階段から降りる時にうまくターンできずにそのまま廊下に投げ出されたのだろう。 冷たい廊下に転がっている自分の身体を再確認して絹夜は倒れたまま溜め息をついた。 このまま死ぬということはまず考えない。 だが、朝まで転がっているわけにもいかない。 それはわかっていても身体が動かなかった。 畜生、また風見の文句を聞かされるのか。 そんな風に思っていると、目の前に光が踊る。 蛍光ブルーの煌めきが宙を舞っていた。 蝶だ。 「…………?」 なんて非常識な色をした蝶なんだ。 絹夜は無意識に手を伸ばす。すると、青い蝶はその手を逃れてまたどこかにひらひらと舞っていった。 血液不足でみる幻だったのだろうか。 次ははじかれた弦の音。儚い音色をぽつん、ぽつんと頼りなく紡いでいく。幻聴まで聞こえてきたのか? 「絹夜君!」 「…………?」 突然だった。 視界に入ってくる、淡く発光した人影。 ぼんやりと、様々な色に煌めく蝶を纏うように従えた藤咲乙姫だ。 どうして藤咲がここに? 絹夜は働かない頭を疎ましく思って言葉にならない疑問を目で訴える。 彼女の出で立ちは自分やチロル同様、まるで普段着とはいえないものだった。 上品な紫の着物に三味線を構えている。頭の派手な装飾とヘッドホンが目立った。 だが、周りを蝶が羽ばたく姿は幻想的な、絵になる美しさだ。 「藤咲……」 がくん、と体中から力が抜ける。 頭が真っ白になった。 「絹夜君ッ!!」 乙姫が駆け寄り、その血溜まりに短鳴を上げる。 ことに気がついた乙姫はすぐさま絹夜を担いで保健室に転がり込んだ。 あの魔女なら人の怪我を治すくらい簡単にやってのける。 絹夜を担いだまま乙姫は保健室前にたどり着いた。 もちろん、この時間は教師は誰もいないはずだが、庵慈は常に保健室で寝泊りしている。 緊急事態に彼女がおらず、大惨事になったことが過去にあり、それから庵慈は保健室を滅多に空けない。 「あんじぃ先生、先生ーッ!」 今にも泣きそうな声を放つ乙姫。 それに答えるかのように数十秒で庵慈が顔を出す。 力加減容赦ない勢いでばしゃん、と扉がスライドしたのに乙姫は驚くが、庵慈は無言で絹夜をひったくった。 いつもの色気はどこへやら、全く取り繕うつもりがない彼女は一種逞しい女だった。 廊下に取り残された乙姫はほっとしながらしょんぼりと肩を落とす。 ここから先は、乙姫には入れないのだ。 保健室は、魔女を拒む。 「…………」 少し手を伸ばしてドアに触れようとすればばちっと電気が走った。 「…………」 仕方が無いのだ。 皆は魔女を恐れている。 そして、自分も紛れもなく魔女部の一員なのだ。 部屋の奥から赤い髪を束ねながら庵慈が早口に言った。 「乙姫ちゃん、ありがとう。ここからは私の専門だわ。絹夜君には乙姫ちゃんが助けてくれたってきつく言っておくから」 「あの、いいえ、いいです。言わないでください。絹夜君、私に助けられたなんていうときっと嫌がるから……」 「チッ、黒金め」 一トーン落として急に本性を現した庵慈に乙姫はさらにびくつきながらぺこぺこ頭を下げた。 「お願いします、私は関係ないことにしてください!」 「まあ、乙姫ちゃんがそういうならそうするしか無いんだけど……。ああ、そうだわ。急ぐことだった。 じゃあ、そういうことにしておくわ。おやすみなさい、乙姫ちゃん」 「はい」 閉じられる扉。 静かな廊下に取り残されて、乙姫は思わず寂しくなって泣いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |