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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
2 *受胎告知/return*3
 法皇庁からの資料によると、魔女部は保健室が使えないという話があった。
 資料にはそれ以上の詳細は載っていなかったが学園に入ったとたんに気がついた。
 保健室だけは高度な結界で守られているのだ。
 一般生徒が魔女部の制圧によって保健室を使えなくなるのは学園としては致命的だ。
 絹夜の解釈だと、魔女部には保健室でなにやらされないように結界を張った、と考えられたが、それでは魔女部が文句を言わないわけが無い。
 彼らが傷ついたとき、保健室が使えないというのも致命的だ。必ず報復があるだろう。
 しかも、獲物が保健室に逃げ込んでしまえば連中は入ることすら敵わない。
 保健室は風見に言われるまでもなく要注意スポットだ。
 警備員室の真逆、東階段下から西階段下に移動すれば、そのドアが見つかる。
 ドアノブに手をかける前に絹夜はオクルスムンディを発動した。
 見えないものを見る力で室内を探る。だが、絹夜の脳には濃い霧がかかって全く中が見れない。
 この血なまぐさい学園の保健室だ。警戒は必要だろう。
 左手を胸の前に構え、右手でドアノブを捻る。どうともなく開いた部屋はごく普通の保健室だった。
 棚に並べられた専門用語の書かれている薬品のビン。
 中央には会議机を二つあわせたもののうえに救急せっとが開かれている。
 仕切りの反対側にはベッドが三つ並び、小さな本棚には絵本と医学書がごちゃ混ぜになっていた。
 視覚的にはなんら問題の無い場所だ。
 視覚的には。
 どばっと惜しげもなく空気中に漏れ出す魔力を感じて絹夜は眉間に皺を寄せる。
 魔女の匂いだ。
 今朝の魔女部部員なんかとは比べ物にならない。
 雨だれと大河の差だ。
 どこだ。どこにいる。
 絹夜の警戒心に反応したように笑い声がした。

「ウフフ、怯えることは無いわ。黒金絹夜君……で、よかったかしら?」

 仕切りの向こう、ベッドのさらに置くのデスクに赤毛を背にたらした女の背中があった。
 ぎっ、と音を立てて椅子が回る。
 優雅な脚線美、桃色がかった白衣の下は見事な身体のラインが強調される黒の服。
 妙齢、を少し過ぎていて、眼鏡越しのトロンとした目つきが艶っぽい赤い髪の美女だ。 

「やっと来てくれたのね、待っていたわ」

 足を組んで両腕で膝の上に頬杖をつく。
 指先で唇をいじりながら流し目で男を見るその魔性の瞳は菫色だった。
 顔かたちもどこかエキゾチックな雰囲気を放つ彼女の美貌はそれ本物で城一個傾きそうだ。

「待っていたなら名前くらい覚えておけ」

「フフ……先生、素直じゃないコも好きよ」

「俺は”魔”に属しているものは嫌いだ」

 その言葉ににっこりと微笑んで彼女は笑った。

「そうね、それは仕方ないことね。でも、障害があるほど燃えるって、昔の人が言っていたわ。
 私は保健医の神緋よ。庵慈ぃって心を込めて呼んで頂戴ね」

「おい、保健医」

 いきなり美女のお願いを無視して絹夜は呼びつけ、失笑しながら言い直した。

「いや、魔女、これはどういうことか説明してもらおう」

 魔女。
 この学園を支配する魔女部は生徒から魔女を育成する機関だ。
 保健医が魔女とは聞いていない。
 彼女は攻撃対象になるのか?
 内心、揺らめいた絹夜の心を読み取って庵慈は立ち上がり絹夜の胸に手を置いた。 

「怖がらないで。私はあなたを傷つけるようなこと、しないから。私は魔女部とは別の分類よ。
 どちらかというと、嫌われているって感じかしら。若い子にあんまり勝手やられると私たち”真性”の魔女はいい迷惑するの。
 魔女の評判が悪いとおっかない神父さんに襲われちゃうから」

「つまり、礼儀作法わきまえない小娘たちの増殖を邪魔してやりたい、というわけだな?」

「まあね。それに、魅力的なコは先に潰さないと、私の素敵な出会いが減っちゃうじゃない。
 でも、今は満足しているわ。魔女らしくも無い善行のご褒美ね、あなたに出会えるなんて」

「俺は腹の底から鬱になった」

 庵慈の手を払いのけ絹夜はあたりを見回す。
 そこでオクルスムンディを発動、部屋の各所に複雑な魔方陣が見られる。
 肉眼では確認できないような素材で書かれているのだろう。
 高度な技術を持っている。彼女は魔女部では歯が立たないような魔女である。

「それで、何故こんな魔力の持ち主が魔女部を一気に叩かない」

「そんなに私に興味がある?」

「…………別に」

「絹夜君、ホントにかっわいい。そうね、簡単に言うと、目立つのは都合悪いからかしら?
 魔女の業界にもここの出身者はたくさんいるわ。彼女たちの報復をいっせいに浴びせられるのは嫌。
 だから…………」

「風見や俺に責任だけ擦り付けて自分のいい方向に持っていくために手を出す…………。いい根性の女狐だ」

「そうね、昔から根性だけはいいの。でも、それが女の性ってやつよ」

 だからどうした、と目で訴え、絹夜は会議机に備え付けられている椅子をひいてどっかりと座った。

「風見はここを利用しているのか?」

「チロルちゃんは良く来るわよ。あの、警備の柴って人も。
 柴君はぼんやりさんに見えてガードが固くて……イマイチ仲良く無いけれど。あれは彼女がいるわね……」

「何しに来る」

「本当に素直じゃないんだから。ここでは……そうね、確かな安らぎを提供しているわ。
 魔女にかけられた呪い、怪我の治療ね。柴君がセキュリティーの解除なら私は魔術の解除ってところかしら。
 ”魔”についてなら相談にいらっしゃい。それと、この学園については教えてあげるわ。
 その他古今東西、用がなくてもおねえさんのところに来てもいいのよ、お悩み相談も公にやってるから」

「生徒の個人情報もわかるか?」

「名簿は全員分もっているわ。ちなみに、君に朝絡んでいたのは小林隆。今年魔女部に入りたての一年生よ。
 朝からちょっとうるさかったから聞き耳立てちゃった」

 彼女にとって聞き耳とは魔術で情報を引き出した、ということだ。

「やはり小物だったか」

「もっと言うと、さっきからここを出た階段の上で待ち伏せしてるわ。
 面倒くさいと思うけど、構ってあげたら? 先輩なんだから」

「…………」

「それとも、ここで先生と一緒に過ごしたい?」

「いや、遠慮しておく。喧嘩は趣味じゃないが売られたなら買う」

「ああ、やっぱり素敵だわ、絹夜君」

 間の抜けた応援をされて舌打ちした絹夜。
 ハッカーと魔女。
 どちらも相容れない存在だ。
 まるで自分の中に異物が紛れ込んだような気がした。
 庵慈の事はまだ信用は出来ない。
 彼女が力を貸してくれる理由にはまだ何か足りないような気もする。
 だが、一筋縄でいかない女だ、アホな風見から聞き出せばいい。
 そう結論づけた絹夜は保健室を出た。その矢先、今朝見た少年の姿を階段の上に見る。
 バカは高いところが好きというのは本当だったのか、と心の中だけでも相手を嘲って絹夜は向き直った。

「小林といったな。出迎えご苦労。まだ何か用か?」

「貴様、貴様ぁ、よくも風見先輩の前で恥をかかせてくれたな!」

「安心しろ、お前のことなんぞとうに忘れている」

「許さない、許さないからな! 僕はお前に決闘を申し込む!」

「チッ、面倒くさいパターンになりやがって……」

「今夜、八時、屋上で待っているからな!」

 メシ時じゃないか。
 それは口にはせずに絹夜は眉間に皺を寄せただけだった。
 放課後、魔女部が占領する学園に忍び込める。
 これからは柴にあけてもらうことになるだろう。だが、小林がこう言っているという事は、彼があけるということだ。
 チロル抜きに校内を好き勝手に歩けるチャンスだ。

「いいだろう」

 このザコをさっさと片付けて校内をガサ入れ。
 そんな計画が立って絹夜はにやりと自信満々に笑った。
 話がついたことで何事もなかったように小林は見下しながら去る。
 絹夜の笑みが自分との戦いを楽しみにしている、ということになっているのだろう。
 すっかり小林のことを頭から外して絹夜は左手を胸に当てた。
 その奥に光る金の十字架に踏破を宣言する。

                    *              *             *

 昼休みの後、姿をくらました絹夜にチロルは不信感を抱かざるを得なかった。
 そして、彼の最後の足取り、保健室に乗り込む。

「あー、絹夜君なら小林くんに決闘申し込まれてたわよ? そこの廊下でドでかい声上げて。小林君って役者志望かしら?」

 振り向きざまに庵慈は呑気な口調で言った。

「庵慈先生、どうして止めなかったんですか」

 座ってデスクに向かっている庵慈にチロルは遠くから問いかける。
 庵慈はくすくすと笑った。

「一人の女をかけて男と男が決闘なんて、ロマンチックだと思わない?」

「それは、まさか、黒金と小林のことですか?」

「そう。そして、二人のお姫様はチロルちゃん。どう?」

「なんでそんな想像に至るんだか……。”K−1チャンプとお笑い芸人の決闘”みたいで痛々しいです」

 非常に庶民的でわかりやすい喩えだったが庵慈は指を顎に当てて小首をかしげた。
 時々、チロルの発言は彼女らしくも無い間抜けなものが見られる。
 取り繕ってはいるが、結局、彼女はどこか吹っ飛んだ女だ。
 庵慈は思い出してかしげた首をにっこりしながら戻した。
 お節介なくせに自分のことは間が抜けているこの少女がお気に入りだった。

「チロちゃん、あなたはどっちの応援をするの?」

「応援も何も、黒金の……」

「それがね〜」

 庵慈はためらって見せた。それにチロルが食いついたのを見てさらにもったいぶる。
 
「庵慈先生、はっきりしてください!」

 瞬間、庵慈の雰囲気はがらりと変わった。
 とろんとした目つきも刃のように鋭くなる。

「小林隆は美術部に顔を出したみたい」

「なんだと!?」

 美術部、それもこの学園ではただのお絵描き集団ではない。
 彼らは魔方陣を製作し、魔女や魔女以外の人間に高額で特殊な効果を生み出す魔方陣を作り上げる。
 数学の知識と魔法の知識、さらに錬金術の知識などを持ち、しかし魔術自体は使えない集団なのだ。
 だが、彼らの魔方陣は的確だ。
 金額によって彼らの仕事は神業にもなる。
 一体どのようなものを買ったのかが問題だが、事によっては絹夜でも太刀打ちできない状況に追い込まれる。
 情報不備のまま突入するのは危険だ。
 考察をするチロルの横顔に庵慈が確認をした。

「チロちゃん、行くわよね?」

「…………」

 絹夜はあれで物分りがいい。
 しかし、どうしようもなく頑固だ。
 割り込めば協定を破られかねない。

「無駄だろうから止めには入らない。でも、忠告はしに行こう」

「あら、ちょっと冷たいのね。意外だわ」

「私は放っておくという気遣いを理解できないらしい。ならばもうどうなろうと構わん。
 うるさい連中にも私がただのお節介ではないとわからせてやる」

「なんだか良くわからないけど、その意気よ!」

 盛り上がる庵慈。
 受け答えを簡単に済ますチロルの内心は複雑だった。
 これから起こるお祭り騒ぎの予感。
 継続確定な暴風雨。
 なにより、絹夜が心配だ。
 ――訂正、絹夜が何をやらかすかが心配だ。






















  <続く>



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