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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
11 *乙姫/dragon*4
 庵慈の体から力が抜ける。
 それと同時に、触手は分断された。

「ぁ」

 青い聖剣2046が帯を引く。
 崩れる庵慈を片手で支えて、乙姫に剣を向けた。

「”魔”に酷似して其とは異なるもの……聖剣でも斬れない!?」

「逃げて、絹夜君!!」

 このままでは彼まで傷つけてしまう。
 それは辛すぎる。

「逃げて!!」

「ッ」

 触手が襲う。
 それを横とびになってかわす。さらに追撃を前方に避けたが、庵慈の身体を支えたままでは攻撃に出ることが出来ない。
 このままでは追いつかれる。
 その一方、触手はどんどんと影から発生し、乙姫の手足をとって操り人形のように無理矢理に立たせた。
 嗚咽を垂れ流しながら身体を引きずり絹夜を追う乙姫。
 廊下という狭い空間では分が悪い。
 下駄箱の辺りたどり着くと絹夜は庵慈を担ぎなおした。
 スタイルが良くて見目がいいとしても人一人の重さだ。
 庵慈がこの学園の結界を張っていなければ放り出してもいいものの、彼女がどうにかなってこの状況下でウルフマンに押し寄せられてもまた先が見えない。

「重いぞ! 保健医!」

 いつもの調子で聞いていればへそを曲げるだろう。
 だが、彼女は不規則で小さな呼吸をするのが精一杯のようだ。
 しかし、乙姫の影から伸びているあの得体の知れない黒い蛇のような触手。
 切った感触が腕に残っているが、あれは”魔”ではなかった。
 聖剣が武器としての効果しか示さず、浄化という効果をもたらさない。
 あれは一体なんなんだ、と、模索する中、ふと風見チロルが脳裏にちらついた。
 そうだ、あの女と対峙しているときの感触と似ている。
 似ているが、違うものだった。
 迫ってくる触手を薙いで後退しながら外に出ようとするが、それもままならなくなってくる。
 触手がどんどんと太さを、数を増していく。

「黒金!」

 太い声が背後から飛んだ。振り向いている場合ではないが、それが秋水だと気がつき、絹夜は声を上げて返事を返す。

「これがどういうことだか説明できるか!?」

「知るか」

 横に並んだ秋水の右腕には黒光りするトンファーのようなものが装備されていた。
 だが、トンファーにしては大きすぎ、腕の両側に棒状のものが肘まで沿っている。
 殴るだけでも威力のありそうな両の鋼鉄の塊には銃口がついていた。
 H型の中棒を握る人差し指が目立たない引き金に置かれている。

「女の子に向かって武器を振り回すハメになるとは!」

 そういいながらも秋水はうまく立ち回り、乙姫が直線状に立たないようにしつつ銃弾で牽制する。
 だが、怨念を吐き続ける大蛇は乙姫を操りながらずるずると前進していた。

「おい、このお荷物を引き取れ」

「うわ、粗大ゴミみたいに言われてるよ」

 庵慈を引きずるように抱えて今度は絹夜が前に出る。
 だが、状況はあまり変わらなかった。
 なんとか校庭には出たものの、これでは乙姫に近づくことすら出来ない。
 根本的にどうしたらいいのかもわからず逃げているだけの状態だった。
 触手がどんどんと太くなってもう蛇ともいえない。
 人を丸呑みしそうなその太い影は黒い龍とも言えた。
 様々な怨念を吐き散らかしていく人の顔が鱗のようにびっしりと浮かび上がる。
 その根元の乙姫は精神的にかなり参ってしまっている様子で泣き腫らした表情のまま抵抗すらしなかった。

「大体、あの影はなんなんだ! 嬢ちゃん、さっきはなんともなかったのに!」

 まるで不の感情を爆発させたような禍々しい龍だった。それが乙姫から派生しているとは思えない侮蔑の言葉、呪詛、雄叫び。
 全てが世界中を呪ってしまいそうだ。

「俺達だって、頭がおかしくなりそうなんだ、彼女はもう限界のはずだ……!」

「うるさい! 黙れ、ダメ購買部員!!」

「のぁッ、なんだと!」

 秋水が見た絹夜の表情は焦りだった。
 絹夜は酷く混乱して答えが出ない。
 彼女がこのまま消えてなくなってしまうとして、自分には斬る他に選択肢が無い。
 この得体の知れない脅威に抵抗する術の無い自分を思うと、簡単に乙姫に剣を向けられなかった。
 今までの自分なら絶対に迷わない。
 すぐさま、自分の敵となるならば剣を振るってきた。
 だが、何かがごっそりと変わってしまった。
 さぁ、どうする。
 さぁ、どうする。
 さぁ、どうする。
 その言葉だけが頭を占めて他には回らない。
 考えることすら歯車がかみ合わず、うまくいかない。

「おい、黒金、あれ……」

 秋水の声で現実に目が向いてその姿を捉えた。
 黒い上下にウエスタンハット、いつでも確かな青い瞳の狙撃手は黒い龍の向こう側に立っていた。
 黒い龍も彼女に気がつく。一瞬置いてその唸り声が倍増した。

「風見チロル……!!」

 その全ての顔が咆える。
 女の声、男の声、子供の、老人の、人間とは思えないものの、全ての声が彼女を罵る。
 だが、チロルは銃にも手をかけずにただただ立っていた。

「お前なんか消えてしまえ! 消えてしまえ!! 私の邪魔をするな!」

「解除術式完了。能力、5%解放」

 チロルの声はいつもより澄んで聞こえた。
 そして、彼女の身体はぼんやりと発光する。
 白く膨張する輪郭に優しい表情が灯る。
 絹夜は眉を寄せた。いつも感じている落ち着かない感覚が何倍もの密度で迫ってくる。
 これで5%ということでは、全力が見えない。

「お前がいなくなりさえすれば!!」

 黒い龍がチロルに向かった。
 それでも彼女は銃を抜かない。
 ただ、漠然とその様子を見守るしかない絹夜と秋水は動けない。

「消えてしまえ!」

 だが、龍の先端は届かなかった。
 チロルの前でポップコーンのようにはじけ、彼女を包むような膜に吸い込まれていった。
 花のように開いた先端はまたチロルに向かっていくが同じように消える。

「う、ぅぅぅぅううッ!!」

 もう言葉も失って唸るだけになった龍は今度はチロルを恐れるように後退しはじめた。

「ナンなんダ、お前は!! お前は、ナンだ!」

「――、そうだろ?」

 彼女が小さく何かを呟く。
 答えはなく、静寂の中、チロルが銃を抜く。しかし、彼女は構えずに地面に降ろし、乙姫のほうに滑らせた。


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あきゅろす。
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