NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
7 *満月/wolf*3
「全く、勝手にやってくれるもんだね」
三階の隅にある魔女部の部室で牧原はのんびりと窓の外を見ていた。
その後ろには、副部長である眼帯の女、久遠寺殺(くおんじ きる)が美しい姿勢でソファーに腰掛けていた。
職員室や応接室には無いだろう高級そうな赤のソファーには、もう一人、黒髪の少女が落ち着かない様子で座っている。
「黒金絹夜、風見チロル、柴卓郎……。相当厄介ごとが好きみたいですねぇ。でも、見てて面白い」
「口を慎みなさい、牧原」
「はいはい…………。で、ちゃんとあの黒金に忠告したんだろうね、乙姫」
ソファーで居心地悪そうにしていた黒髪の少女、乙姫はこくりと頷く。
「牧原!」
「あー、もう、うるさいなぁ!」
牧原が頭をかきむしって抗議の言葉を並べようとした時だった。
それをばっさりと切るように乙姫が小さく呟く。
「無駄です」
もう一度聞き返すような沈黙に彼女ははっきりと告げる。
「無駄です。黒金絹夜は止められません」
「何を弱気な……」
牧原に対してとは打って変わって、久遠寺の物言いは柔らかかった。
まるで、その態度は主人に仕える執事のようでもある。
心から心配をするように久遠寺は乙姫の顔を覗き込んでそっと訴えた。
「そんなことを言われては部長が悲しまれます」
「事実がわからないほど頭の回らない部長なら引き摺り下ろしなさい!」
まるで彼女とは思えない言い様だった。
学園で最も恐れられている魔女部部長への暴言を吐いた乙姫の迫力に久遠寺が怯む。
「しかし、それが出来ないから私達はこうもしているのです…………」
途端にしぼむその迫力。
部屋の空気が緩む。
「それでは、はっきりしてもらおうかな」
「何を、ですか、牧原さん」
「魔女部の味方か、黒金の味方か。簡単でしょう? 答えは出きっている」
「私は誰の敵にもなりたくありません」
「それはあなたの理想。えてして、現実は理想を飲み込んではくれないものなのです」
「…………」
口のうまい男である。
乙姫が押し黙ると、久遠寺が助け舟を出した。
「分かりきっているなら、聞く必要も無いでしょう。牧原、あなたは何の権威をもって彼女にそんな無礼を言っているのです」
「はいはい、はーいはいはい。すぐつんつくすんだから。副部長、若いうちから神経質だとボケが早まりますよ」
嫌味を残して牧原はまた窓の外を見る。
一方、乙姫は牧原の問いに縛られるようにうつむいていた。
理想は理想だ。
だが、理想を形にするために抗うのではないのか?
そうして絹夜の姿が思い浮かぶ。
彼は、抗っている。その傍若無人な行動だけが目立っているが、本当は必死に理想を現実にしようとしている。
その暴挙こそが祈り、その破壊こそ願い。
――強い、想い。
* * *
右、左、と攻撃をかわす青い狼。
殺せない戦闘がいかに辛いか知ってはいるがここまでとは。
武器を直接振りかざせないこともあるが、極端に祇雄の戦闘能力が高いのが原因だ。
なにより、恐ろしく速い。
他の面子にサポートされながら攻撃をしてかわす、体勢を立て直したらまた一撃、そんなことを繰りかえしているが効果は見えない。
着々と疲労がたまり、スピードが落ちるばかりだ。
どういうことか、チロルは底なしのスタミナを見せているが、絹夜と卓郎はさすがに息を上げる。
「身体能力の停止を行わなければ生け捕りは難しそうだな……!」
見えている結果をチロルが告げるが打開策が無い。
絹夜の戦闘能力は高いがそれは対人間用であり、ウルフマンに情をかけて生け捕りにしたことも無い。
実際、本気でこの状態の祇雄と戦っても相当てこずるだろう。
卓郎も同じだ。即死を目的とした彼の戦闘スタイルはこの戦闘には向いていない。
もとより戦闘特化ではないチロルは素早ささえ追いついているものの、決定打が与えられないでいた。
「やはり、ここは私の能力を解除するべきか」
「やめろ!」
それだけは勘弁してくれ、ろくなことにはならない。
卓郎は余裕も無いはずだが、これだけはと制止した。
「それにしても、このままでは排除せざるを得なくなってしまう……! どうにか」
その後は続かなかった。
祇雄の手が彼女の顔面を捕らえる。
安い人形のように頭を鷲掴みにされ、振り回された挙句、チロルは地面に叩きつけられた。
硬いグラウンドが凹んでしまう衝撃の上に頭を掌握さる。
そのまま小さい頭が潰れてしまうのではないかと思われたが、そこで祇雄の動きが止まる。
「悪いな、まどろっこしいマネは得意じゃないみたいだ」
祇雄の背後で絹夜が言った。
その手にした2046は祇雄の身体に吸い込まれている。
脇腹を突き刺したその剣先は反対側で赤く煌めいていた。
だが。
「グオウワォゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
「なッ」
痛感神経が無いような動きだ。
絹夜がその手で聖剣を構えているのに祇雄は身体を捻る。
反射的に剣を抜いた黒金はその場から飛びのいた。一瞬遅ければチロルと同じ目にあっていただろう。
それにしてもなんというパワーだ。
二撃目が絹夜を捕らえようとした。
「コノおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
顔面を自分の吐き出した血で濡らしたチロルが銃を構えていた。
そこから吐き出されるワイヤーが腕に絡んで無理矢理に反対方向にねじり曲げる。
ボコン、と関節が派手に外れる音を聞いた。
だが、その腕でさらにワイヤーを掴んだ祇雄が威嚇に唸りながら再度絹夜に向かった。
チロルを引きずって祇雄が突進する。
殺るしかないのか。
「だめだ!」
その意志を察したか卓郎が割り込む。
固めた拳を咆える祇雄の顎に突っ込んでいた。
彼の肘までが顎に納まるが、その牙が腕に食い込み、血が噴き出す。
「オゴゥエッ」
口の奥まで入れられた腕を吐き出そうと怯んだ祇雄に卓郎は両手の砂を口の中と目にぶちまけた。
校庭の砂をあらかじめ握っていたのだ。
目を狙った不意の攻撃は効果的だったが、動きを止めるだけの力はないようで祇雄は砂を吐きながら咆え大気を震わせる。
腕に歯形を付けられながらも卓郎は不適に笑みを浮かべた。
「何を笑っている」
「ん。絹夜、お前はNGと相性いいよ」
「なん、だと?」
そこでまた攻撃を避けざるを得ない状況になるのだが、卓郎の笑みはそのままだった。
「それに、彼女ともね……」
安堵の微笑み。
それに重なって弦がはじかれる。
「!?」
聞いたことのあるあの音色。
か細く、しかし派手にかき鳴らす。
悲しいような、荒れ狂っているような、恨んでいるような、祝福しているような。
「乙姫…………?」
姿は見えない。
ただ、彼女の使者である紫紺の蝶が一枚、舞っていた。
祇雄の動きも蝶の出現によって緩慢になる。
音が紡がれる。
その度に祇雄の動きが縛られてとうとう青の獣は膝をつく。
まったくあっけなく、まったく簡単に眠りに陥ってしまったのだ。
煌々と、舞い踊る紫紺の蝶、唯一つ。
東風風に身を任せ、銀の月に塩垂るる。
「…………バカなやつだ…………」
姿の見えない恩人に絹夜は呟いた。
だが、その横顔は彼らしくもなく優しく温かいものだった。
彼女は大切なものを守りたい。だから魔女部とは争わないで欲しいといっていた。
ここで彼女が手を出さなければ魔女部の敵である自分もNGもおしまいだったかも知れない。
それなのに、彼女は。
「バカな、ヤツだ……」
本当に、本当に大馬鹿だ。
どうして助ける。どうして守る。
事は平行線で何も解決しないだろうに。
それでも彼女は弦を弾いた。
それもまた、大切なものを亡くさないために。
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