NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
7 *満月/wolf*2
こういう洒落は好きじゃない。
完全にロックされたセキュリティーだけが学園内を守る薄い防御壁となっていた。
結界が崩されてからはこうする他に化け物の進入を防ぐ手段は無い。
だが、問題が一つ。
「どうなっている……」
昇降口の開かないガラスドアを前に黒金絹夜は立ち尽くした。
むしゃくしゃして簡単に帰る気にもなれず、その辺を歩いて時間を潰した絹夜だったが、暗くなって気がついたら閉じ込められていた。
セキュリティーは問題は無い。
ガラスを破ってしまえばいいのだ。
だが、それを行使しようとした瞬間、元あったらしい結界が息を吹き返した。
どうやらこの結界は悪意を持って破壊をしようとすると対象の物理防御力を大幅に上げるものらしい。
つまり、攻撃しようとする瞬間だけこの扉は鋼となる。
だったら、ちゃんとした、扉たる手順で、つまり単純にドアノブひねってあけようとすればいいのだが、この時間帯には鍵がかかっている。
時間限定開かずの扉を目の前にその怒りは当然、システムを掌握しているNGに向かうのだった。
あのオタク連中はどうやら本当に言わなければ動かない、配慮の無い団体らしい。
踵を返して警備室に向かって歩くと、地響きをとらえる。
さっきからウルフマンが学園内を闊歩しており、風見が戦っているので騒がしいがこれはまた違ったものだ。
銃声が聞こえない。
ただ、風見チロルの大声だけが耳に届いた。
「風見のピンチ……か。ふん、いい様だ」
さて、自分は警備室に行って文句の一つもつけなくてはならない。
だが、ふと絹夜は考えた。
ピンチの風見が向かうのは警備室。
「…………」
ついでにこのまま立ち止まっていても警備室に入っても追い込まれている。
「…………」
風見は何をやっている!
アンデッドならまだしも、通常のウルフマンであれば狩ることは容易なはずだ。
「世話がかかるのはどっちだ!」
迷惑な話だ。
絹夜は駆け出して警備室に乗り込む。
奥の居間に上履きのまま上がりこむとそこには三台のPCを相手にしていた卓郎がいた。
「あれ? 絹夜くん?」
状況がわかっていないのか、わかっていてそんな態度なのか。
ともかく、絹夜はチロルがどこにいるのか卓郎に尋ねた。
「チロル? ああ、ちょっと待って」
卓郎の操作するPCの中の一台がチロルを映し出す。
そこにはチロルと、青い毛むくじゃらなモンスターが映っていた。
「な、なんだ、こいつ」
卓郎は事態に気がついてなかったのか、間抜けな声を上げる。
画面上に映っているその青いモンスターはウルフマンのようだった。
ただ、ウルフマンにしては小さく、2メートルといったところか。
しかし、本当に見事な青い毛並みである。
「チロルは臨戦態勢に入っていないな……。敵ではないのか?」
卓郎が一人ごちた瞬間、画面の中で青いウルフマンがチロルに攻撃をしている。
味方では無いようだ。
「ここに向かってくるぞ」
絹夜の一言に簡単に頷く卓郎。
その意味は、最終的には自分が片をつければいい、という考えだった。だが、そうもいかない。
画面の中でチロルが叫ぶ。
『祇雄先生! 正気を取り戻してください!!』
「な…………」
祇雄、という名前は卓郎も聞いていた。
チロルが話題にしていた三年の教師だ。
きっと、だからこそ彼女は手出しが出来ないのだろう。
「ウルフマンにされたものは元には戻れない、そのはずだ。どうして風見は攻撃をしない」
「さあね」
卓郎の指が高速で動く。
事情を聞くまであの青いウルフマンを攻撃出来ないということだ。
「セキュリティーを解除した。これで追い込まれるということはなくなった、なくなったけど」
そこで言葉が途切れる。すぐ近くで狼の遠吠えが聞こえた。
素早く十字をきって2046を構えた絹夜に卓郎は忠告する。
「斬るのは後だ。チロルが祇雄を撃たない理由を聞いてからにしてくれ。もしかしたら、祇雄は…………」
「もしかしなければ迷わず斬る。それで文句は無いな」
「そう、それでいい」
確認を終えると卓郎は隙の無い動きで廊下に出る。絹夜も同じように長い道の上に出た。
奥からは狼の声とチロルの訴えかける声が迫ってくる。
後ろは客人や教師用の出入り口だ。
「チロル、こっちだ!」
大きく手招きをして卓郎が出入り口を抜ける。
絹夜もそれを抜け、チロルを待ち受けた。
「あのペンギンはいいのか?」
絹夜の問いに卓郎が面食らったように、そして慌てて答えた。
「今は離脱している」
「離脱?」
ここにいない、ということだが”離脱”という言葉はどこか不適切な気がした。
疑問が生まれたところでチロルが駆け込んでくる。
彼女の細い体がすり抜けたところで卓郎がドアを閉め、背を預ける。
どかん、と派手な音を立てて青いウルフマンが激突した。
庵慈の結界があるからいいものの、通常では卓郎はトラックに衝突するが如く吹っ飛んでいたはずだ。
「ひとまず、校庭に退却!」
とか言う卓郎が一番に駆け出す。
移動をしながら絹夜はチロルが攻撃しなかったことについてを訊ねた。
予想外、というよりもそんなことだろうとは思った。しかし、まさかとは思っていた。
「祇雄は戻れる」
まず、チロルはそう断言した。
「ウルフマンにされたものは、戻る術が無い。これは一般的な論理だ。
もっと言えば、呪いをかけた魔女が呪いを解けばいいこと。だが、魔女は解くような呪いをかけない。
相当気まぐれな魔女で無い限り、その呪いは解かないだろう。だから、一生ウルフマンとして…………」
見晴らしのいい校庭のど真ん中に陣取って三人で周囲を警戒する。
今のところ、獣の気配は無い。
「しかし、それはあくまでもウルフマンに”された”者の末路。
自ら望んでウルフマンになったのなら、自ら望んで人間に戻れる。理性さえあればな……」
「理性がなければ他と同じか。ならば話は早い、たたっ斬ればいいことだ」
「そうもいかない!」
「ならばどうしろというんだ!」
「まーまーまーまー」
仲裁を執り行うのは本来乙姫の役目だが、今ここに彼女はいない。
得意ではないはずの卓郎は割って入って、にこにこしながら意見を述べた。
「じゃあ、ここは中間とって、ボコ殴りにするってのは?」
そういう問題じゃないだろう。
両者は突っ込みかけたがそれが名案だということに気がつく。
今、厄介なのは祇雄が暴れていることであって彼がウルフマンから人間に戻れる戻れないではない。
彼の無事は残念ながら考慮されない。
ボコボコにして理性も本能も動かないようになればそこで一件落着だ。
にやり、と三人の目が同じように輝いた。
そして、どこから抜け出してきたか祇雄が現れる。
恐らく、チロルが祇雄と屋上に上がる際に開け放った、窓からだろう。
ぼろきれを纏った青い狼が迫ってくる。
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