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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 13 *Fairy Tale*D
 食堂を奪還し、リサを探すべく動いた戦闘員一同だったが、廊下でハタ、と見知らぬ女性にめぐり合う。
 カルヴィンは見知っていたが。

「あら、カルヴィンさん〜」

 やたらおっとりした眼鏡の女性だが、背にはマシンガンを装備しているあたり、傭兵の一人だと知れる。
 
「お、ミリィ!」

 歓喜の声を上げるカルヴィン。
 どうやら、彼女は話が通じる相手らしい。

「もう、どうして逃げるんですか?」

 眼鏡越しに困った視線を向け、ボロボロなカルヴィンと一同を見て両手を組んだ。

「ミリィ、リサに伝えてくれ、勘違いだ! この艦の艦長は俺だ!」

「え?」

「俺にも良くわからんが、今、俺はこの艦の艦長なんかやってる。だから、離れるわけにはいかないんだ!
 どうにかリサに連絡はつかないか!?」

「はぁ、つきますけどぉ……」

 ミリィは少女趣味なフリルだらけの服に取り付けられたごっついカーキのポシェットから無線機を取り出す。

「あのぅ、リサちゃん? 艦長さん、いたんですけどぉ……」

 おっとり口調とは対照的なリサの声が無線機から飛び出す。

「よくやったわ!!」

「それでねぇ、パパさんも見つけたんですよ〜」

「ミリィ、最高!!」

「てへ!」

 このもったいぶった言い方にリサはどうしてイラつかないのか。
 一同はイライラとしながら二人のやり取りを黙って聞いていた。

「今すぐつれてきて! 二人とも!」

「いいえぇ、一人です〜」

「?」

「パパさんが〜艦長さんで〜、艦長さんが〜、パパさんなんです〜!」

「パパが艦長……?」

「そうなんですよね〜、カルヴィンさん」

 ようやく無線機を渡されてカルヴィンは口元に当てた。

「リサ、お前の早とちりのせいで迷惑しているんだ。俺はマグダリアを降りたくない。
 後生だから、引きずりかえるってのも考えないでくれ」

「パパ…………。そう、わかったわ」

 ほっと胸をなでおろす一同が次に聞いたのはまたとんでもない要求だった。

「じゃあ、この艦で艦長の次に偉い人を連れてきて。その人と相談して、その人を艦長にしてもらうわ!
 そうね、<天使の顎>が二番目でしょう!?」

「…………」

「あらぁ? 皆さん、固まってますけどぉ?」

                   *            *            *

「で、素直にここに来たのか、このアンポンタンどもめ」

 毛布から顔だけ出しているアンジェラはマトリョーシカのようだった。

「卓郎に責任転嫁するとか思いつかなかったの?」

「そんなことしたらいつまで大捜索されるんだよ。お前がいつものように強引に話しつければいいだろう」

「どうやって? 基本、二択だけど? 私が艦長になるの? それともカルヴィンは渡せないって突っ張るの?
 前者はナシなのは私だってよくわかるわよ!! でも後者じゃ無限ループぢゃん!!」

「押し切れ!」

「無茶言うな!!」

「あの、すいません〜」

「はい、眼鏡っ子」

 にょきっとマトリョーシカから腕が伸び、ミリィを指した。
 かなり奇怪だ。

「とにかく、リサちゃんのところにいきませんかぁ?」

 それもそうだ。
 ここにはアンジェラを呼びにきたのだ。

「そうね、アンジェラ、いくわよ!」

「え!? 私、このまま!?」

 ということでそのまま連行されたアンジェラ。
 布団をかぶったマトリョーシカ状態を誰もやめさせる様子も無い。
 連れて行かれたポートにはミリィの連絡を受けて傭兵たちが集まっていた。
 先ほど、モブがコテンパンにのめした連中は仲間に支えられた状態で睨んでいる。
 険悪な雰囲気にアンジェラは物怖じしない。
 というか、傭兵たちのほうが怪しさ大爆発なアンジェラに警戒していた。

「あなたがパイロットの<天使の顎>?」

 リサが怪訝に覗き込みながら問う。

「そうよ。お笑い芸人に見えて!?」

 どちらかというとそっちのほうが近い。

「…………。そう、あなたが……」

 布団の下のバスローブの下にはプロレスラーのようなレオタードでも着ているのだろうか。
 そう疑いたくなるような自信たっぷりな態度はさすがはアンジェラ、と褒めたくなるハッタリっぷりだ。

「単刀直入に言うわ! パパを返して頂戴!!」

 七つかそこらの少女だが、随分と場慣れした雰囲気がある。
 コレは、随分と素質があるのかもしれない。父が父だけに。

「残念だけど、それは出来ないわ。今、私たちには艦長が必要なの」

「それは私たちだって一緒よ!! パパがいなくなって私、寂しかったんだよ……!」

 リサの言葉が落ちた。

「リサ……」

 カルヴィンの口からも同じように娘の名が出る。
 だが、やはりアンジェラ・バロッチェだった。

「甘い!! 吐血するほどクソ甘い!!」

 バッと毛布をそれこそプロレスラーのように投げると、アンジェラはずんずんとリサに近づく。
 静止をさせようと動いた傭兵さえも眼力とはだけ気味の姿で圧倒してスリッパをぺたんぺたん鳴らしながらリサの前に立った。

「武力行使したら最後は泣き落とし!? 子供の前に女だろうが!!」

 普通は逆だ。

「筋通しな! 泣くなら最初から泣き叫べばいいじゃないか! 奪い取るなら泣くな! 人を傷つけておいて、自分は寂しかった!?
 アンタの父親はアンタの声が聞こえないほど冷たい人間じゃないでしょ!?」

 どうしてか、アンジェラは酷くきつい言葉を浴びせた。
 彼女自身も混乱していた。
 まるで、自分ではない誰かの叫びのようだった。
 ”父親”。
 その言葉が自分の口から出るたびに大切な何かを失うような恐怖を覚える。

「アンジェラ、やめな!」

 ジェラードの言葉で我に返ると目の前の少女は膝をついて泣いていた。
 アンジェラからかばうように父親が少女を抱きしめる。
 だが、途端に異変は起こった。
 身体を大きく反らせたアンジェラ。

「ネオテロメラーゼ……ッ!!」

「?」

 アンジェラがはっきりと、しかし、意味不明な言葉を発した。

「レイジ!?」

 それは続く。
 アンジェラは両腕を頭に巻きつけるように回し、親子に背を向ける。
 そして、彼女は焦点の定まらない目をしながら仲間たちすらかきわけてその先に逃げようと足を進める。

「アンジェラ……!?」

 スリッパが片方脱げたが彼女はさらに声を上げた。

「パパ! もう止めて!」

「!?」

 次に彼女が宙に叫ぶ言葉に皆が凍りつく。

「そんなに生贄が欲しいなら私を使って!」

 沈黙。
 そんな柔らかな意味ではなかった。
 無言の絶叫。
 空気が震えた。
 そして、目を疑う。
 霧のような影が倒れそうなアンジェラの横に寄り添う。
 その霧はだんだんと形を成し、見覚えのある黒衣の男の姿で現れた。

「…………」

 まだ完全に形成され終わっていない両腕でアンジェラを抱きとめるとその後頭部に額をあてる。

「俺の力が不完全だったというのか!」

 激昂に似た言葉を放つ卓郎。
 だが、非現実的な光景に誰も動かない。

「思い出すな! 思い出さなくていい!!」

 卓郎がアンジェラに呼びかける。
 彼女の顔の辺りからびしゃびしゃと赤い液体が垂れ流れた。

「わ、わたし、は」

「お前は<天使の顎>、アンジェラ・バロッチェだ!」

「カナ、コ」

「違う! その女はもう死んだ!!」

 明らかだったのは、卓郎が完全に取り乱していること、アンジェラが普通の状態ではないこと。
 そして、卓郎が本当に人間とは違った生き物であることだった。
 卓郎はアンジェラを抱えたまま膝をついて天井を仰いで叫ぶ。

「助けてくれ! 俺じゃダメなんだ!! 助けてくれ! ブラック・コッカー! 漆黒の風見鶏!!」

 空気を震わす獅子の咆哮。
 確かに、それは届いたけれど、もう手段は無い。
 残念だけど、私の力は貸せないよ、卓郎。

*             *             *

「…………テロメアが減少していない。ネオテロメラーゼが作用しているようだ。
 私の研究は成功した。私は間違ってはいなかった。
 ”フェニックス・フォーチュン”の誕生だ」

 父がカナコとレイジを見下ろしながら興奮した様子で言った。
 全身が焼けるように熱い。
 皮膚が酸素に焼けている。
 また、別の声がする。

「…………助けて、父さん」

 弟のか細い悲鳴はすぐ隣から聞こえて、激しい絶望を呼んだ。
 とても悲しい。
 とても苦しい。
 とても恐ろしい。
 とても愛しい。
 とても嬉しい。
 とても、死にたい。

「…………君を、守りたい。ラッセル、君を……!」

 そう、言葉が漏れ出した。
 願いはそれだけだった。
 ラッセルさえ生きていてくれれば簡単に心臓を差し出した。
 悪魔になった父の研究に自分の身体を捧げることは簡単だった。
 それがラッセルを守る唯一の方法なら。
 どうしてあんなことになったのだろう。
 幸せになれると思っていた。
 愛し合っていた、それは永遠だと思えた。
 だが、間違いだった。
 父は酷く怒った。
 カナコとラッセルの関係に激怒した。
 そして……。

「どうして、ラッセルが……」

 研究所の白い部屋に案内されてカナコは気絶しそうになるのをこらえる。
 白い部屋、白い光、白い青年。

「カナコ、お前をたぶらかす輩はこうなるんだ。この害虫はガードマンに捕まえさせたよ」

「…………狂ってる。パパはどうかしてる!!」

「そうだよ。パパは人とは違うからね、そう感じるもしれない」

 話しても無駄だ。
 カナコは分厚い壁に向かって叫んだ。

「ラッセル!!」

 同じように壁に両手を合わせるラッセルの言葉が届かない。

「ラッセル……!!」

 ガラスに爪を立て、熱すら感じることが出来ない。
 体中から力が溢れた。
 怒りだ。
 涙も熱い。

「害虫はパパよ! ラッセルは関係ないじゃない!!」

「関係ないが、この男の血肉は必要だ」

「何を言っているの……?」

「レイジを助けるためには必要なんだ」

「……!! パパ! レイジで実験をしたのね!?」

 怒りの上に怯えが浮き上がった。
 自分の息子で未知の実験を行ったのだ。
 見果てぬ夢、不老不死。
 ”フェニックス・フォーチュン”

「レイジが助かるにはそれなりの生贄が必要なんだ。わかっておくれ、カナコ。
 レイジはもう少しで”フェニックス・フォーチュン”になれる」

 優しく諭すような口調が恐ろしい。
 だが、カナコは黙れなかった。

「そんなに生贄が欲しいなら私を使って! だから、ラッセルを解放して!」

「わがままをいってパパを困らせないでおくれ」

「じゃあ死ぬわ」

「…………」

 本当に死ぬだろう。
 ソウジにもその目はわかった。

「…………いいだろう」

 元からラッセルには興味は無い。
 そしてカナコの方がレイジは拒絶しないだろう。
 何より、扱いやすい。
 思っても見なかった名乗り出だ。

「ラッセルを解放したら、カナコ、お前は実験に協力してくれるんだね?」

 深く頷いてカナコはラッセルに向き直った。

「ごめんね、ごめん……。守りたかったの……。ただ、それだけだったの……」

 無理矢理作った微笑みの意味をラッセルは口の動きを読んで理解した。
 ダメだ、そう叫んだところで願いはかなわない。
 数時間後には何事もなかったように研究所、つまりバーキー大学の外に放りだされていた。

「…………」

 喪失感。

「…………」

 絶望。

「…………」

 痛み。

「…………」

 ここは、どこだろう。
 いつか、カナコとレイジと写真をとった岬だ。

「ここが、エデンの東か……?」

 ここで永遠に彷徨う気がした。
 そして、ここで死ぬのかと思った。
 だが、ラッセルはそこで出会った。
 黒衣の男女がラッセルを監視している。
 じっと、こちらを見て動かない。
 ラッセルも、見て、動かない。
 風が鳴いた。

「懺悔をしようか」

 黒衣の男がかすれた声で呼びかけた。
 遠く、顔も良く見えない。ラッセルにはそれの正体に気がつかなかった。
 何者なのかもわからないが、自分に似ている、そう思った。

「長くなりそうだが、いいか?」

 それほど大きな声を上げていなくとも、声は届く。 

「ああ、いくらでも時間はある」

 それが、二人の男の孤独の戦いの始まりだった。



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