NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 13 *Fairy Tale*B
遡ること八時間前。
「はい、これがあんたの言っていた”バスリラックス”ね」
「わはーい、あんがちょ」
ポートにて例の所望品を受け取ったアンジェラはそれを抱きかかえて自室に戻る。
これから彼女は”バスリラックス”と共に半身浴タイムに入るのだ。
「やれやれ、パイロットは大変だね」
自分は商人でよかった、とジェラードは肩をすくめた。
だが、彼女の仕事はまだ残っている。
艦長から次の注文を受けなくては。
そう思って司令室に足を向けた。
入るなり壁際に卓郎が立っている。
こいつは一体、何がしたくてここいいるのかわからないが大事なときにいないよりはいいのだろう。
ジェラードは卓郎を素通りし、司令官長席の一段上、艦長席に座ってうんうんうなるカルヴィンに請求書を突きつけた。
「はいよ。今回のブツの」
それを受け取ってカルヴィンは青ざめた。
「なんか、高くないか? コレ」
「何言ってんだい、格安だよ」
「武器はそうだろうが、日常品はコレ、何倍だ?」
「地球ではものが手に入りにくいのさ。
わざわざ経済の生きてる国まで行って、さらに密輸のための工作までしなきゃいけないんだよ。そんだけ地球は酷いってことだ」
「…………」
思わず唸るような金額にカルヴィンは渋々サインをする。
「毎度。あ、そうだ」
「まだなんかあんのか?」
「あんた、第二デブリベースの出身らしいね」
「調べたのか?」
「そんな。こないだ、ちょっとよっただけ。案外名前が売れているらしいじゃないか。有名人だったよ」
「んなんじゃない」
「アンタのことだ。どこでもリーダーシップなんだろうね」
「だからぁ」
「さて、次の注文はどうする?」
「…………」
口を挟むまもなくジェラードは注文表を差し出した。
さすがは商売人、口はうまい。
「俺がマグダリアで艦長やってるなんていってないだろうな」
「都合悪かったかい?」
「言ったのか!?」
「いいや。ただ、マグダリアにいるとは。なんか、みんな探してたよ?」
「…………」
それはそうだろう。
第二デブリベースを離れてから四ヶ月音信不通でマグダリアに居座っているのだ。
いつかは連絡しようとしたが捕虜という立場のためにそれはかなわなかった。
そして、今は艦長という立場のために連絡はとれない。
「バレたら、絶対笑うだろうな、あいつら……」
腹を抱える仲間の姿を思い浮かべて深く溜め息をつく。
その呟きにジェラードはカルヴィンが第二デブリベースでも同じような扱いをされていたことに気がつく。
「艦長」
観測員席のカオは急に声を上げた。
「へいへい」
艦長とも呼ばれ慣れてしまった。
カルヴィンはバンダナの上から頭をかいて応答。
「通信が入っています。個人の戦艦でしょうか。武装はしていません」
「開いてくれ」
「了解」
解放軍のマグダリアに通信を入れるとは余程のバカか、余程の事情があるかだ。
そして、正面の巨大モニターに先方の画像が映る。
美しいブロンドに青いリボンの幼い少女だった。
「ゲ」
カルヴィンが固まった。
請求書を見たときの数倍は青い顔になっている。
画面の少女もカルヴィンの顔をみて不機嫌そうに整った眉を吊り上げた。
白い肌に綺麗なブロンド、上品な顔立ちとフリルのついた可愛らしい服から人形のようにも見える。
だが、通信を開いたのはどこぞの戦艦だ。
その証拠か、少女の後ろには武器を携えた逞しいお兄さん方が控えている。
「やっと見つけたわ」
少女が一人ごちる。
その声にようやく現実をみることができたのかカルヴィンが崩れた敬礼を返した。
「よ、よう、元気そうじゃないか」
声が完全に上ずっている。
無理矢理作った笑顔も引きつっていた。
「それはこっちの台詞よ! 今すぐ助けてあげるわ!」
「いや、待て!! リサ! お前、何を勘違いしているかわからないが馬鹿な真似はやめろ!」
少女をリサと呼んでカルヴィンは目の前で大きく両手を振った。
だが、リサは勝手に話を進める。
「よくも、よくも、うちのパパを奪ってくれたわね!!」
「パパ?」
ジェラードが繰り返す。
それもリサには届かないらしく彼女はさらに続けた。
「パパ、今から行くからね!!」
そして、通信が途切れる。
一体、なんなんだ。沈黙の後に、ジェラードがもう一度繰り返した。
「パパ?」
シン、となる。
しかし、視線は皆カルヴィンに集まっていた。
その間、卓郎だけが関心が無いようで一人だけ、あくびをしたり屈伸運動をしたり毛づくろいをしたり、とにかく時間の流れがそこだけ違っていた。
カルヴィンの額に冷や汗がにじむ。
「…………。俺の娘だ」
観念して口を開くと、ささやかに、そしてひかえめに、似てない、という言葉が流れる。
「…………。あんた、子供いたんだ……」
引いているジェラード。
「悪いか?」
「いいや、子供ってのは勝手に育つなぁと思って」
「…………」
確かにこんな生き方をしていればほったらかしにもなるだろう。
自覚さえあるカルヴィンは反論はせずに戒めとして言葉を受け止めた。
しかも、その言葉のせいで視線がだんだん攻めるようなものに変化している。
逆ギレしようかと思ったとき、珍しく卓郎が口を挟んだ。
「あの小娘の言い草だと、マグダリアに乗り込んできそうだな」
「くるだろう、リサの事だ。あいつに二言は無い」
どこかの赤毛のせいでそういうタイプの女が恐ろしいことは散々思い知らされている。
観測員たちが動いた。
「目標補足!」
「武装準備開始します!」
「偵察マシン、発射!」
こんなにハキハキした彼らを見るのは久々だ。
「よし、撃てぃ!!」
「コラーッ!!」
勢いに乗って紛らわしいことを叫んだ卓郎にカルヴィンはつかみかかった。
「煽るな!!」
「なんかいい感じだったので言ってみたくなった」
「お前の役職はなんだ!? 担当はなんだ!?」
「お色気?」
「お前は整備士だろ!! いいか、攻撃したらただじゃおかないからな……!」
観測員はそれでたちどころに黙った。
卓郎は、というと唇の端をやたら吊り上げた。
「俺は今、すごく面白いことを思いつきました」
「…………」
その言葉ですごく嫌な予感が身体全体に走るカルヴィン。
卓郎にとって面白いことがカルヴィンのためになるわけがない。
卓郎のその笑顔がトランプのジョーカーの様だ。まさに厄札である。
襟首をしっかりつかんだと思っていたが卓郎は幻影のようにするリと抜けた。
「感動の再会も親子喧嘩も止めないが、子供を泣かすんじゃないぞ」
おちょくった言い方だが、卓郎が言うべき台詞ではない。
あまりの不自然さにカルヴィンは口をあけたまま言い返すことが出来なかった。
そして、卓郎は司令室も出て行ってしまった。
「あの野郎……」
「で、どうすんだい、艦長さん。仮にもアンタは艦長さんだ。警戒警報でも出したほうがいいんじゃないか?」
「…………。ったく。もう近くまできてるのか?」
「約1時間後には」
「とにかく、ポートで迎え入れてくれ。俺が話をつける」
「了解」
「念のために総員、食堂に非難だ。ジェラード、お前も責任感じとけ! 元はといえば!」
「連絡しなかった父親のせいだろ」
「…………」
それを言われては立つ瀬が無い。
ジェラードを味方にすることも失敗し、カルヴィンは一人、ポートにて待機をするのだった。
食堂は艦内放送で緊急避難した総員でいっぱいになり、混乱したが、ジェラードが説明すると誰もが卑屈にも納得する。
事は意外と簡単に終わりそうだった。
「まぁ、傭兵の連中を刺激しないためにも私たちはここでゆっくりしましょう」
トリコがいつもの調子で構えるのを見習って皆、食事を取ったり会話をしたりと和やかなムードになった。
和やかなのにはもう一つ、理由がある。
アンジェラがいない。
彼女はこのとき、爆睡してる。戦闘のアラートにしか反応しないようだ。
「あ、ギオ」
隅で体育座りでかなりイジケモードのギオ。
それに声をかけたジェラードは彼の様子に気がついた。
「あれ、あんた…………。ちょっと立ってごらんよ」
「?」
酷くやつれた顔をしながらギオは立ち上がる。
「背筋伸ばしな」
言われたと通りにしたギオにジェラードが値踏みするような目をしている。
「ひきこもってるうちにでかくなったんじゃないか?」
「うん、節々痛い」
いつもの無駄な元気が無い。
やはりギオらしくないがこういうときもある。
ジェラードはあくまでも普通に接した。
パイロットでも無い自分が彼の挫折について考える義務は無い。
「成長期かい。だったらちゃんと食いなよ。人工重力はあるけど宇宙空間にいるときに身長伸びてると骨がスカスカになるよ?」
「そうしたいんだけど、食欲無いから」
「そうかい。だったら規則正しい生活習慣つけんだよ? 何のために仮想時間作ってると思ってんだい。
いい男になってもフラフラしてんじゃダメじゃないか」
少しだけ苦笑するギオ。ジェラードは本当に母親のようにうるさくて容赦が無い。
だが、それは感謝するべきことだ。
「うん、わかった。ありがとう」
大人ぶった落ち着きを見せ、ギオは壁にもたれる。
相当、疲労が溜まっているようだ。
これ以上構うこともないだろう。ジェラードはおとなしく席に着く。
子供から大人になるときは常に辛いものだ。
そして、目に留まる大人になりきれていない人たち。
「…………」
マディソンとなにやら専門的な話をしている卓郎。
エンジンがどう、部品がどう、という話だ。
話がついたのか、二人ともいたずらでも思いついた子供のようににやりと笑う。
そして、卓郎とマディソンは食堂を出て行ってしまう。
「?」
彼らの奇行は見て見ぬフリをするのが一番だ。
卓郎がいなくなって落ち着く、と思いきや今度は子供の奇声。
「返してー!」
「…………。2180年モデル」
なにやら子供のぬいぐるみを取り上げているモブ。
タグを見て、角度を変えて鑑賞。
「ルルちゃんの返してー!」
彼の足元ではこの艦で最年少となる四歳のルルちゃんが喚いている。
「何やってんだ、あの男」
ジェラードの呟きを聞いてトリコが反応する。
「…………。またやってるよ……」
どっこらしょ、と小さく口にしながらトリコは立ち上がりモブとルルちゃんのところに。
クマのぬいぐるみをハグしている若者はそれはもう奇妙だった。
「いい加減になさい」
トリコがひょいっとぬいぐるみを取り上げてルルちゃんに返すとモブは何かモノ言いたげな顔でトリコを睨んだ。
「子供のものは取り上げないの」
「…………。でも」
「”でも”じゃない」
ガミガミとモブに説教をたらすトリコ。
それに呆然としたところ、フラウがジェラードの隣に座った。
片手にはレモネードのビンだ。
「トリコさん、気に入ってた限定モノのテディーベアのピアス、モブさんに取られちゃってかなりご立腹ですからね。
どうぞ。あ、これで、よかったかな……」
「お、ありがとうよ。ふうん。あの仏頂面、そんな可愛い趣味だったんだ。
えっと、フラウでいいのかな?」
「はい、あんまり、お話したことありませんでしたよね?」
「ああ、そういや」
「今度、私も生活用品の注文していいですか?」
「もちろんさ! 時間はかかるけど、確実に届けるさ」
レモネードを受け取ってジェラードは商売人の顔つきになる。
「それで、なにが必要なんだい?」
「か、替えの服ですよ……」
「…………。ははぁあん……?」
服ならマグダリアに来る前にいくらでも用意できたはずだ。
趣味が変わってなければ。
女が服装にこだわるのは見られたいからである。
その証拠か、その意識を欠いているトリコは毎日同じような服に白衣、アンジェラに至っては軍服一筋だ。
「な、なんですかッ!?」
覗き込まれて赤面するフラウ。
反応からして答えは一つ。
「男だね?」
わざと小声で耳打ちすると、フラウは過剰に首を振った。
「そ、そんなことないです!!」
「はいはい。黙っといてやるから」
「だから、違いますって!!」
内心、ほっとするジェラード。
アンジェラの後輩であるが彼女のように押しの一手、猪突猛進では無いようだ。
見習うべきところは見習い、間違ったところは見習わない。その常識的な学習能力に一安心。
「そうだね、この騒ぎが落ち着いたら注文用紙だすから」
「ど、どうもです」
「毎度」
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