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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 3 *STAND BY ME*D
 投降したカルヴィンを待ち受けていたのは厳しい拷問……でもなかった。
 秋水から降りると頭ぼさぼさの同い年くらいの整備士が味方を迎えるように炭酸飲料水を渡してきた。
 わけもわからずにとりあえず受け取る。

「あははははは、なんていうか、よろしく」

「あン……?」

 和やかである。あたりを見回しても、特に警備員やお偉方がいるようでもない。
 カルヴィンに構うのはこの、突き飛ばせばすぐに倒れてしまいそうなオタク青年だけだ。
 どちらかというと自分より酷い損害を受けたアリエスを見てため息をついてる整備士ばかりだ。
 見回しながら炭酸飲料水に口をつけた。喉も渇いていたためすぐに消えてなくなる。
 
「ええと、僕、柴ね。柴卓郎」

「セパタクロー?」

「シバ、タクロー……」

 球技と間違えられて卓郎は眉をハの字にした。

「俺は、これからどうなる?」

 むしろ、どうしたらいいか聞きたかった。

「ああ、それは追々決まるんじゃない?」

「追々……?」

「うん、そのうち」

「…………」

 投げやりにもほどがある。
 きちんと処刑されるのも嫌だが投げやられるのも考え物だ。

「質問を変えていいか?」

「うん、三者三様」

 意味が違う。

「<天使の顎>はどこだ?」

「そこ」

 卓郎のいうそこには灰色の髪の少女と、少女に固め技をかけている赤毛がいた。
 この時点でカルヴィンは頭痛を覚える。
 卓郎が気を使って二人を呼んできた。その際に赤毛から一発ビンタを食らったらしく見事な紅葉が出来ていた。

「痛いよ、アンジェラ……」

 とかいいながら喜んでいる卓郎。

「もう一発殴って欲しい?」

「おなかいっぱいです……」

 さすがのに痛かったのか卓郎はカルヴィンの後ろに隠れ、こそこそと呟く。

「小さいのがフラウ。怖いのがアンジェラだよ」

「お、おう。俺はカルヴィン・シェスタニエ=幸野」

「どーも」

 アンジェラはカルヴィンより戦闘で割れた爪が気になるらしい。

「フランチェスカ・ド・ジュストイマイセンです。ヨロシク」

 品のいい少女は綺麗なブルーの瞳をあわせてくる。その中に意志の強さと誇り高さを感じ取ったカルヴィンは脳内でフラウが<天使の顎>と決め付けた。
 ヒロイックな容姿、言動、品格、どちらもフラウのほうが上だ。
 アンジェラのようなわがままそうな女なら都会に行けばどこにでもいる。
 だが、よくよく考えればそんな女が宇宙解放軍の母艦にいるのが場違い極まりないことだった。

「で、<天使の顎>ってのはそっちの…………」

 卓郎がアンジェラを指差す。
 アンジェラはまだ指をいじっていた。

「…………」

「…………」

「…………。俺には頭の悪そうな赤毛の女に見えるんだが」

「なんですって」

 キッと睨む視線は猛獣そのものである。

「ちょーっと、カールヴィンさぁん? こんな美女とっ捕まえて頭悪そうとは失礼ね。一応でもお世辞言うのが社会のルールでしょ!?」

「…………」

 言い返そうとしたが卓郎が服を引っ張る。

「ごっつう怖いんで大人の態度でお願いしましゅ!!」

 こそこそとしている彼の言葉に従ってカルヴィンは神妙にうなずいて反省しているふりをした。
 途端、機嫌がよくなるアンジェラ。
 人生楽しそうで何よりだ。
 アンジェラという人格を再確認した三人は仲良くため息をつく。

                          *             *            *

 マグダリア船内で定められた時間の午前一時。
 カルヴィンは艦内デッキに足を向けた。司令室で操作をしなければ戦闘機が動かないのはよく知っていた。
 だが、割り当てられた寝室も寝付けない。
 なんとなく、来てしまっていた。
 薄暗い中浮かぶ戦闘機のシルエットに紛れて人影がある。
 赤い巻き毛、間違いなく美しい、しかし嫌味でない容姿の女。

「アンジェラ?」

 恐る恐る声をかけるとアンジェラは少し疑った目で見つめてくる。
 カルヴィンは逃げる気ではない事をあわてながら説明するとアンジェラはカラカラ笑った。

「私と一緒だ」

「は? お前も捕虜なのか?」

「ううん、知らない。記憶喪失なんだってさ」

「なんだってさってお前……」

「いーの。どうでもよくなった。聞いた話だと事故かなんかで遭難状態だったらしいの。起きたらここのパイロットってことで」

「ほうン」

「ちゃんと話聞いてないね」

「ああ、すまねぇ」

 機嫌を損なうと怖そうなので当たり障りなく謝ると今度は不思議そうな目で見てくる。
 闇の中の緑の目が豹のようだ。

「そうだ。ねぇ、何で傭兵風情のあんたがマグダリアに単独できたの?」

「それはラッセル司令官長に散々話したぞ。あいつ、本当に司令官長か? 艦長はいないのか?」

「ラッセルは、あれでも結構……」

 困ったアンジェラは言葉を止めた。
 残忍。冷酷。無慈悲。
 そんな言葉がラッセルを飾った。

「結構、真面目なんだよ」

 大雑把に言葉をかぶせてみたがしっくりこない。
 もしかしたら真面目とは一番縁遠いかも知れない。
 アンジェラは失敗して一人失笑した。

「それから、艦長はいません。今は、もう」

「亡くなられてたのか」

「そう聞いた。私の来る結構前だから」

「名前は?」

「…………。万条目豊。軍医のトリコのお父さんよ。だから、艦内ではあんまり艦長の話しないんだ。
 トリコ、気にするなって言うけど、気にしないわけないから。実質、司令官長のラッセルが艦の最高責任者。彼がいなかったらきっと、マグダリアは
 デブリになってた。本当だよ、ラッセルは尊敬してる」

 尊敬だけじゃないのは誰の目で見ても明らかだ。
 だが、惚気は聞きたくない。
 ラッセルは話題を切り替えた。

「そういや、お前はなんでここに?」

「んー、なんでだろう。お腹空いて目が冴えちゃってさ。うろついてたらここに来てた」

「…………」

 そういう行為を徘徊と言う。
 ボケた老人がよくやるやつだ。

「こえぇ」

 アンジェラが空腹のあまり船内を徘徊しているところを想像しカルヴィンは正直な感想を漏らした。 

「何よ」

 ムッとしたアンジェラから逃げるようにカルヴィンは自室に戻っておとなしく床に就く。
 なんだか色々と大変なことになった。
 だが、明日には何か面白そうなことが起こりそうだ。
 遠足前の子供のような気分になりながらカルヴィンは眠りに付く。

                    *            *            *

「アンジェラ」

 急に呼びかけられてアンジェラは気の抜けた返事を返した。
 カルヴィンが去ってからすぐだ。もしかしたら登場の機会をうかがっていたのかもしれない。

「あれ? 珍しい。司令官長がこんな時間にこんなところに」

「探しました」

「え? 何かまずいことでも……」

「いいえ。いや、まずいことですが」

 ラッセルにしては奥歯に物が挟まったような言い方だ。

「ご相談があります」

「えー、ろくな事じゃないんだもん」

「ええ、まあ、ろくな事じゃないです」

 言い切るあたり本当にろくな事じゃなさそうだ。
 憮然としてアンジェラは頭を抱えた。

「聞いてあげたいのは山々なんだけど、現実的な相談してよね。私にも何とかできそうなのとか。後、金銭関係はダメ」

「そうですか……」

「その上で相談ならどーぞ」

「…………」

 気まずい沈黙が流れた。

「司令官長、まさか金貸してくれってんじゃ……」

 アンジェラが疑いの眼差しを向けたそのとき、ラッセルが彼女を抱きすくめる。

「こういう相談なんですが……」

「ぇえ?」

 あまりに唐突でアンジェラの思考はそこで途切れた。

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あきゅろす。
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