NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 3 *STAND BY ME*C
「でも、私には力がある……」
アンジェラは自分に言い聞かせて顔をビシャビシャと叩いた。
守ろう。
操縦桿を握ろう。光子ミサイルを装填し、軌道にぶちまけよう。
フォトンレーザーを伸ばしどんな敵もむかえ討とう。
そうしたら生きて帰ろう。つまらないことをいいあってたくさんじゃれ合おう。
いつもと同じことがこんなに大切だとは思いもしなかった。
同時に、肩の荷が半分になったようだった。
調子はどうだい?
そう訊ねるように警戒警報が鳴る。
「フン、舐めてくれんじゃない」
いつも穏やかなグリーンの瞳がギラついた。
紅く点灯するライトの中、彼女の瞳だけは最高級のエメラルドと同じ煌きを放ち、射るように正面を見据える。
フラウが敬礼をしていた。反射的に敬礼を返すが何故彼女がここにいるのか。
「どうしたのよ。万が一があるから避難しなさい」
「先輩」
「何? 改まって」
「本日より、お供させてもらいます」
「な、ハイ!?」
フラウは得意気に笑った。
候補生は教官の与えたカリキュラムを全て通らなければならない。
アンジェラはものぐさな性格から、自分がラッセルから受けたカリキュラムシートをコピーしてフラウに与えた。
アンジェラが攻略に二週間かかったシートを彼女は五日で成し遂げたのだ。
「ラッセル司令官長からゾディアック・ブレイズF4000、カプリコーンのパイロットを任されたわ。ヨロシク」
「んな」
よりにもよって最も扱いが難しいとされる山羊座宮のカプリコーンとは……。
眉間にしわを寄るだけ寄せてアンジェラはラッセルの思惑を恨んだ。
何を考えているかは理解できないが、新人にいきなりゾディアック・ブレイズを与えるあたり普通じゃない。
アンジェラが間抜け面を下げているうちにフラウはカプリコーンに乗り込む。
追うようにアンジェラもアリエスに搭乗した。
「可愛くない後輩だわ」
後輩の出世を素直に喜べないのは可愛くない先輩だと彼女は気づいていない。
途端、通信が入った。
司令官室からだ。
「先輩、調子はどうですか?」
モニター内でのそっとラッセルが裏声で呟く。
おそらくフラウの真似だろう。
驚愕のあまりアンジェラは狭いコックピットでのけぞった。
「なんなの、今のは」
「初陣に生き残れないとこの艦のパイロットとして認められません。アンジェラ、彼女の保護をお願いしますよ」
「…………。だからさっきのはなんだったのよ」
完全に無視して回線を切ったラッセル。結局何がしたいのかわからない。
こういう緊張、張り詰めた時に彼なりに空気をほぐそうとしているのだろうか。
いや、ほぐしてどうする。
「天然か」
奇しくもトリコと同じ結論を出してアンジェラはハッチを閉める。
出撃前の点検は経験からアンジェラのほうが早く、アリエスが先に軌道に出た。
「…………?」
静かだ。
音が、ではない。もとより音は聞こえない。
レーダーに何も映っていない。
いつもならデブリに紛れてたくさんの影が映っている。
それが動かない。
「気味が悪いわね」
アンジェラは司令室に連絡をつなぎ、フラウとの回線も開いた。
「何かしらね、何か……」
アンジェラが言いかけたそのときだ。
一つ下の軌道からフォトンレーザーが伸びていた。
「フラウ! 高度を上げて!!」
叫んだ瞬間、すでにアリエスは旋回し手前のデブリに隠れる。
カプリコーンも素早く動き、かろうじてフォトンレーザーを避ける。
「別軌道から奇襲だなんてなかなか味な真似じゃない。フラウ、気をつけなさい。乗り込んでくるわよ」
「後悔させてやるわ」
威勢のいいフラウだがアンジェラはこの上なく心配だった。
これまでの敵とは違う。
マニュアル通りの戦術ではない。
鋭利で、派手で、決してこちらを見くびっていない。
そして何より、似ていた。
アンジェラの口元が緊張からほころんだ。
「先輩! 何笑ってんの!! さっさとどうにかしないといけないんじゃないの!?」
「あーもう、好きにして! なんか今、いい感じなの!」
「何がーっ!」
「たまんない! こう、全身がゾクゾクするわ!」
「先輩、私の故郷だけだったらいいんだけど、その場合”怖い”って言ったほうが可愛い女に思われるけど!?」
「ふふふむむ……可愛くないガキ……」
笑いながら怒るアンジェラはお世辞にも可愛くない。
司令官長が鼻で笑ったのも彼女は聞き逃さなかった。
「ちょっと!! ラッセル! 今、悪意あるリアクションしたでしょ!!」
「気のせいですよ。鼻に詰めたピーナツを飛ばしていただけです。ほら、よそ見してると今のが最後の会話になりますよ」
「…………」
そう誤魔化されると反論のしようがない。
司令官長はプライドもある程度いらないようだ。
しかしなんとも恐ろしいことも言っていた。
アンジェラは、はぁ、とだけ同意して操縦桿を倒す。
ラッセルに反論はことごとく無駄なことが再度身にしみた。
思わず司令室との回線を切るアンジェラ。これ以上ラッセルのシュールな冗談につき合わされたらたまらない。
それに習ってフラウも回線を切った。司令官長様様に幻滅したのだろう。
「フラウ、相手は友達いないのか一機よ。私がひきつけるからあんたが援護よ」
「ラジャ」
とは言うものの、敵機の姿がレーダーに映らない。
「えい」
突然、電子レンジのボタンを押すかのような気軽さでアンジェラは光子ミサイルの発射ボタンを押した。
位置を変えてまた軽いノリで押していく。
「先輩、当たりっこないですって! 相手だって逃げますから!」
「いーのいーの」
アンジェラはレーダーを見た。
誘導機能が付いた光子ミサイルが番犬のように何かを追い回しているのが映し出される。
目には見えないが光子ミサイルは確実に何かを追っていた。軌道上から計算し、アンジェラは敵機の速度と癖を観察する。
光子ミサイルを全十二弾発射し終えてアンジェラはアリエスの中核にアクセスしデータを解析させ、完全に取り込んだ。
その間、フラウにはアンジェラが何をやっているのかがわからない。
「せ、先輩?」
「んー?」
「ミサイル、全部はずれたみたいだけど……」
「そこの、ちっこいの。時に料理はするかね?」
キーボードを叩きながらアンジェラは聞いた。
「い、いいえ」
「料理ってのは下ごしらえがきちんとできていれば大抵うまくいくもんなのよ」
「それと何の関係が?」
調度、アンジェラの入力した膨大なデータをアリエスが飲み込んだ。
見るものが見れば神がかり的な作業だ。
「おなかすいたからさっさと片付けましょうって話!」
アンジェラはフォトンレーザーを伸ばす。
敵の位置はレーダーが捉えていた。
肉眼で確認できるほど近づくとアンジェラは迷わず突っ込む。
「?」
敵機は紙一重でそれをかわした。
攻撃の瞬間、アンジェラが隙を作らなければ捉えていたかもしれないがその隙は必然だった。
「…………。違う」
いつもの地球軍の戦闘機ではない。
いつもの青白い不気味な機体ではない。
むしろ、ゾディアック・ブレイズと同じ黒光りした、しかし、それと比べて大きな機体だ。
「アンジェラ、捕捉できたようですね」
アリエスのレーダーが敵機の情報をマグダリアにも送ったようだ。
そして、カプリコーンもその機体を確認できるようになるが、誰一人として知るもののない機体だった。
アンジェラは真っ先にラッセルに尋ねる。
「何、あれ」
「新型でしょうかね」
「もしかしてさ、あの機体、ゾディアック・ブレイズなの?」
「まさか。形状が違います。しかし、あの機体を包む装甲は同じくプリマテリアでしょう」
「手短に説明してくれる? こっちはにらみ合ってんだよね」
「完全生態物質です。意思を持つ鉄板だと思ってください」
「ごめん、ちょっとドンパチするけど続けて!」
均衡状態が崩れた。
アリエスと正体不明の機体は踊るように縺れる。
「正確には意識を食らう物質。放置する分にはただの鉄ですが、それを組み込まれたゾディアック・ブレイズは
パイロットの意識、感情、生体反応と同調することで機能します。ただ、プリマテリアにも好みの感情、人物があるらしく
シンクロ率が高い場合でないとパイロットにはなれません。よって、他の機体と性能に加えて感情値、つまり機体とのシンクロ率が上乗せされるのです」
「へぇ、それで!?」
光子魚雷をさけて不安定な態勢になってもアンジェラは合いの手を入れた。
「あなたの強さは、あなたの感情の強さ。ゆえに、今まで勝ち残った。しかし、今回の相手もプリマテリアが作用しているとなると、厄介です。
腕が同等としても、シンクロ率により戦力は大幅に変わります。遊んでないで潰しなさい!!」
「は、はい!」
ラッセルの大声は本当に珍しかった。
司令室、、戦闘員、ともに彼を司令官長だと思い出す。
「司令官長……」
感動のあまり観測員が声を漏らした。
その直後だ。ラッセルがアリエスにつながったモニターにへばりついた。
「あ、ちょっと待った。やっぱり今のは無しです」
見事に司令室の全員がコケる。
無視を決め込んだアンジェラにラッセルはすぐさま下手に出た。
「アンジェラ、アンジェラ? アンジェラさん」
「なんでしょう、ラッセルさん」
「アンジェラさん、上司を無視なんていい度胸してますね」
回線を切るアンジェラ。
強制的につなげるラッセル。
「お客さんを迎える準備をします。引きずってでもつれてきてもらえますか?」
「…………」
口の両端を吊り上げただけのラッセル。
冷たい目、穏やかな口調。
「頑張る」
アンジェラはそれなりの返事だけした。相手はおそらく五分。なかなか難しい注文だ。
だが、同じプリマテリアを野放しにはできない、どころかいただくのは悪い話ではない。
アンジェラは唇を一舐めした。
一方、新型戦闘機”秋水”に乗るカルヴィンは後先考えない戦術に戸惑っていた。
「あのパイロットはバカか天才かどっちかだな!!」
残念ながら両方が両立する人格を彼は知らない。
そして、絡んでくる機体と別にもう一機、こちらは慎重に近づいてくる。
問題はそちらだ。絡む機体のパイロットは相当腕がいい。ぴったりとくっついて行動を制限してくる。
こちらが<天使の顎>だろう。そしてこのしつこい機体がアリエスだ。
「レーダーには引っかからないんじゃなかったのかよ……!」
その機能はアンジェラの策により、完全にではないが破られている。
何よりカルヴィンの不運はプリマテリアとの相性にあった。
シンクロ率から相性のいい機体をチョイスされているアンジェラやフラウと違って彼には選ぶ権利がないどころか説明すら受けていない。
重い。
操縦が重たく感じられた。
むしろ、それをカバーしているのが彼の腕前だった。
「くそ、なんだこの有様は!!」
遠縁から見ているもう一機が光子ミサイルを撃ってこない。
まるでアリエスは子供に狩りを教えているようだ。
気分が悪い。
そのアリエス内でもアンジェラは叫んでいた。
「何やってんのよ!! 早く撃ちなさい!!」
もちろんフラウに言っているのだ。
「でも先輩。その至近距離じゃ巻き込まれる!」
「黙れ、ツィビ! うだうだ言ってる間にこっちはエンジン燃え尽きそうなのよ! さっさとしなさい! ミニマム! ミニマム子!」
「ムカッ……。あー、そこまで言うなら撃ってあげるわよ!!」
しっかりと照準を、敵機ではなくアリエスに合わせ、フラウは光子魚雷を4発も発射する。
「誰がそんなに撃てッつったあーッ!!?」
アンジェラはフラウのモニターに怒鳴りながら死に物狂いで機体を翻す。
フォトンレーザーの先端にカプリコーンの放った光子ミサイが触れ、連鎖的に他の光子ミサイルも誘爆する。
衝撃に巻き込まれてはいながらアリエスと秋水に光子ミサイルそのものは直撃していない。
「ぐふ、ふふふふふふ…………やってくれたわね……マム子」
前方に吹っ飛んだアンジェラは地獄の閻魔のような唸り声をあげる。
だが、アリエスは操作不能のアラートを声高に歌っていた。
同時に、秋水も操作不能のコーラスに参加したようだ。
「…………」
馬鹿馬鹿しい。
カルヴィンはシガレットケースからタバコを取り出して銜える。
ついでなので救難信号も出しておとなしく両手を挙げた。
馬鹿馬鹿しいが、面白かった。
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