唐紅に
3


 少し、遠回りをしようか。



 そう提案されて入った、木立の中に敷かれた遊歩道は、とても気持ちが良かった。

 まだ優しい色をした若葉を通して注がれる日差しは柔らかく、時折そよぐ風も心地好い。


「寮は二人一部屋だ。成績順に振り分けられるが、原則として違うクラスの奴と同部屋になる。著しい支障がない限り、部屋替えは年次でしか認められていないから、同室とは上手く折り合いをつけろよ」


 自身も明芳の出身だというセンセの説明も丁寧で、やっぱり散歩としてはこの上ない状況なんだけど。


「あのー、センセ?」

「何だ?」

「この体勢は、何なんでしょうか」


 何故だか俺は、腰に腕を回されて歩いていた。
 怪我をしている訳でも、病人な訳でもないのに、支えは必要ない。
 これは変だろと、何度も腕から逃れようとしたのだけれど、なかなかどうして、上手く離れなかった。


「センセ、俺、介助は必要ないよ?」

「馬鹿。介助じゃなくて、エスコートと言え」


 えええ。
 男相手にエスコートって、もっと変だって。

 顔が引き攣るけど、センセは回した腕に力を入れて、更に俺を引き寄せた。


「こういうの、慣れてないのか?」

「慣れてる方が奇怪しいでしょ!」


 俺はエスコートする側であって、される側じゃないのだ。……残念ながらまだ、エスコートした経験はないけど。
 とにかく、男の俺がエスコートされ慣れてる訳がない。

 力説した俺に、センセは「ふうん」と奇妙な笑みを浮かべた。


「学園長は手慣れてると思ったんだがな」

「え、なっ、」

「紅太は随分、学園長と親しいようだ」


 にやりとしたセンセの顔は、俺が無かった事にしようとしていた“おまじない”を、しっかり見ていたぞと語っていた。

 名前で呼ばれているのも気付けないくらいに焦った。ボボボッ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで、顔が赤くなる。次いで、俺はともかく、理一さんの立場でアレは不味くないか? と思い至り、今度は一気に青くなった。


「えーと、何で、学園長…?」


 取り敢えず誤魔化してみた方が良いんだろうか。
 曖昧な笑顔を作ってみたけど、センセに効果はなかったみたいだ。くるりと反転させられて、センセの腕にすっぽりと収められてしまう。


「無知な外部生にひとつ、いい事を教えてやろう」


 そう言ったセンセは、酷く悪い笑顔を浮かべていた。

 うわ。コレ絶対“いい事”じゃないだろ。

 警戒する俺をセンセが覗き込む。何だか厭な体勢だ。


「経済界に於いて、“宇城”は最高のブランドだ」



「……ブランド、ですか?」

「媚びへつらってでも、近付きたいと願う奴が五万といる、高級な名前だな。学園にも縁故を結びたい輩は掃いて捨てる程いる」

「はあ」


 爺ちゃんや理一さんは、凄い人たちだったらしい。
 俺にとっては春色の爺ちゃん婆ちゃんと差などない、同じように大事な人達でしかないのだけれど、やっぱり世間的にはかなりの立場の違いがあるみたいだ。

 俺の親戚すげー、なんて、暢気に思う俺をじっくりと見ていたセンセは、悪役っぽい笑顔のまま、耳元に口を寄せた。


「その宇城の次期当主から、寵愛されている生徒がいるとなったら。──周りが放っておかないだろうな?」


 エリートサラリーマンな外見のくせに、やたらと悪い顔が似合うセンセの言葉を咀嚼して、俺はヒクリと頬が攣った。

 冗談じゃない。

 理一さんに寵愛云々は誤解だからまぁ良いとして、彼が叔父だとバレるのも、嬉しくない事態になりそうな予感がした。
“凄い人の知り合い”ポジションで苦労するのは、もう厭だ。



 脅迫めいた事を言う担任も、宇城と縁を持ちたいのかな。
 それとも別の理由が?

 口止めには何が有効だろう。



 腕の中で考え込む俺に、センセが「頭は悪くないな」と喉を鳴らした。


「さて紅太。取引しようか」





 ……これを切り出す為の遠回り、だったらしい。



 

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