唐紅に
2


 仕立ての良いスーツを着たその男は、軽く後ろに流した髪をひと撫でして、手にした煙草を灰皿へと押し付けた。


「学園長。お疲れ様です」


 会釈を寄越す姿も厭味なくらい様になっている。理一さんとタイプは違えど、これまた女性に騒がれそうな色男だ。
 その容姿も艶のある低い声も、普段の俺だったら感嘆して褒め称えていただろう。

 けど今は、先程の理一さんの悪戯を見られていた(かもしれない)ショックが先に立ち、一通りを素早く観察した後はまともに顔を上げられずにいた。


「待たせたね、済まない」


 案内役は別人であって欲しいという願い虚しく、理一さんは色男へ近付いて行く。


「その子が?」

「そうです。──春色君、こちらへ」


 完全にお仕事モードに戻った理一さんは、未だ踊り場で固まっていた俺を手招いた。

 学園長としての理一さんは俺を苗字で呼ぶ。これは一種のけじめであり、特別視や目立つことを嫌う俺の性格を慮っての事でもあった。特に俺からお願いした覚えはないのだが、よく理解してくれている理一さんらしい気遣いで、ありがたく思う。

 躊躇いながら階段を降り二人の前に立つ。
男は随分と背が高く、並んで立つと俺の目線は相手の喉までしかなかった。


「春色君、こちらは君の担任になる佐々木先生だよ」

「佐々木恭介だ。1−2の学科担当も俺になる。よろしくな」


 不遜な笑顔で右手を差し出した佐々木先生は、教師よりも、どこかのエリートサラリーマンといった風情だった。
 教室よりも大きな会議室が似合いそう。そして、偉そう。


「春色紅太、です」


 人の上に立つ事に慣れていそうな佐々木センセと、緊張しながら握手する。
 握り返された力は思ったより優しかった。


「佐々木先生が君を寮まで案内します。学園の事で質問があれば、彼に訊くといいよ」


 理一さんは学園長先生の顔で、さりげなく俺を佐々木センセから引き離す。


「本当に、ごめん」


 ポーチに差し掛かった時、後ろに続くセンセには聞こえない程度の声量で、理一さんが囁いた。


「え?」


 どういう意味なのか訊く前に、彼はさっと離れてしまった。










 用事があるという理一さんとその場で別れ、現在俺たちは寮を目指して庭園を散歩中です。

 学園内のはずなんだけどね。小洒落たレンガ道とかやたら曲線が使われているベンチとか、やっぱりあった東屋とかね。もう此処ほんとに学校ですか? と訊きたくなる。

 芝生や植え込みは綺麗に刈り込まれているし、絶対これ本職の庭師さんが管理してるぞ。


「センセ、ごめんね」


 日差しを反射して、キラキラと光る水を湛えた噴水は見なかったことにして、俺は隣を歩く佐々木センセに言った。

 理一さんは理由はどうあれ、初めから説明会の後に俺だけ残す予定だったらしい。だから予め佐々木センセに案内を頼んでいた。
 学園長の頼み事を断れる教師も少ないだろうけど、まだ春休み中なのに。引き受けてくれたセンセに、申し訳なさを感じていた。


「子供が気にする事じゃない。これも仕事のうちだ」


 平然と返すセンセは格好良く、出来る男の匂いがする。
 おまけにこの色男は、予想外に親切だった。

 レトロな建物(あれは職員棟だそうな)を出てすぐ、身長差があるからか、センセの後を追うのに小走りになっていた俺に気付くと、即座にスピードを緩めてくれた。それだけでなく「あっちが2年棟。右側が食堂で1年棟はその奥にある」なんて、遠くに見える校舎の解説までして下さる丁寧さ。

 お蔭でのんびりとした散歩状態な訳だけど、居心地は悪くなかった。

 理由は簡単。センセが理一さんの「おまじない」に触れてこなかったから。もしかしたら気付かなかったのかもしれない。
 だったら無かった事にしてしまえ、と俺は開き直ったのだ。


「案内してくれて、ありがとうです」


 開き直ってしまえば警戒心も薄らいで、自然とくだけた口調になる。センセはそれを咎めることなく、淡い笑顔を見せた。


 

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