唐紅に
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「はい?」



 俺の中で「友達」は知人の進化系だ。「友人」とは違う。

 語義は同じだけど俺の中では明確な差があって、友人、友達、知人、その他、の順で親しさから遠ざかる。この区別はいちいち宣言しなくても自然と落ち着くもので。

 だからイマドキ小学生でも言いそうにない「友達になって」の科白に、俺は束の間、唖然とした。確認されるまでもなく、コタと呼ばれた時から勝手に友達だと思ってたから、余計に驚いた。


「……えと、ダメ?」


 トールちゃんが小首を傾げて俺を見る。
 告白の返事を待っているかのような、不安げで熱心な表情。
 高校生がクラスメイト相手に、たかが友達になるだけで縋るような眼を向ける。

 トールちゃんってひょっとして、ハブられがちな人だったりすんの?

 ちょっと失礼な事を思いつつ、差し出された手を取った。


「駄目じゃないよ」


 宜しく、と付け足せば、目から力が抜ける。


「……ありがとお。オレね、すっっごく嬉しい」


 ころころと表情の変わる金髪は、今度こそ満面の笑みになった。
 握手を交わす手を残りの手で覆い、ブンブン上下左右に揺さぶられる。
 何この喜びよう。マジで友達いない子だったのか? ……人に好かれそうなタイプなのに?

 でもトールちゃんのきらきらした笑顔に、俺まで笑みが零れた。

 まぁここは明芳(と書いて“異界”と読む)だし。

 そんな風に覚えたての呪文を使って、色々気になる部分を流してしまえるくらい、本当に良い笑顔だ。


「オレ達これから、出来るだけずっと、一緒にいよーね」


 が、蕩けそうな甘い表情で続けられた言葉に、俺は握り込まれた右手を直ちに引き剥がしたくなった。よく解らないけど悪寒がする。


「……トールちゃん、それは、ちょっと変ではないですか?」

「えー? 変じゃないよー? 仲良ししたいだけー」


 付き合いたてのカップルとか新婚夫婦が言いそうな科白だからだよな、と悪寒の原因に行き着いたところで、整った金髪の顔がやたら近くにあると気付いた。あ。ヤな距離。


「百歩譲って一緒にいるとしても、この距離は変だって」


 思い出すのは職員棟での理一さんだ。
 相手が観賞に耐え得る美形でも、睫毛の1本1本まで見える位置に寄りたくありません。


「そー? 普通フツー」


 言いざま更に身を乗り出すトールちゃんを渾身の力で殴る。

 ここの人たちって、皆スキンシップが激しいのかな。それとも佐々木一族の特徴?
 センセのセクハラ紛いにも閉口したけど、キス出来そうな近さを「普通」と言い切るトールちゃんにもビックリだ。

 友達同士で話すのに、こんな至近距離で見つめ合う必要はないだろう。たとえ極端に目が悪かったとしても、だ。


「普通じゃないです……ええい離れろって!」


 しぶとく距離を詰めるトールちゃんに、蹴りをくれてやろうかと構える。が、



  ピンポーン



 と響いたドアベルに、敢えなく脚を下ろした。意外と普通の音だったのが残念……って、そうじゃなくて。


「お客さん? 誰だろ」


 これ幸いにトールちゃんを押し退けた俺は首を捻った。
 同室の人なら鳴らさずに入って来るだろうし、来たばかりの俺には知り合いも少ない。訪ねて来そうな人は限られてるんだけど。

 あ、もしかして同室者の友達とか?


「ちょっとコタ、不用心に開けちゃ…!」


 注意されても。インターホンじゃないんだから開けないと話が出来ない。
 トールちゃんも立ち上がる気配を背後に感じながら玄関を開ける。


「あんたが春色? 俺、隣室の加瀬。初めまして」


 ドアの向こうには、赤茶けた短髪を立たせた爽やかクンがいた。

 白い歯が眩しい彼が差し出す右手を戸惑いながら握る。
 明芳に来てから、握手を求められる率が高いような。何か新鮮だ。


「急にごめんな。うちの馬鹿がこっちにいるって聞いてさ」


 うちの馬鹿? って、誰?


「あ、来ちゃったぁ…」


 やっぱり首を捻った俺の後ろで、トールちゃんが呟いた。


 

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あきゅろす。
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