唐紅に
5



 加瀬知之(カセ トモユキ)はトールちゃんの同室者だった。
 俺への挨拶にトールちゃんと一緒に来ようと思っていたのに、抜け駆けされたのだそうな。


「ずるいよな。俺も新顔の隣人と会えるの、楽しみにしてたんだぜ?」


 加瀬は背があまり高くない代わりに筋肉質で、綺麗な逆三体型をしている。白い歯を見せて屈託なく笑う姿が、如何にも爽やかスポーツマンって感じ。
 トールちゃんとはまた違った層の女子に好かれそうだなと思った。残念ながら、明芳に女の子はいないけど。


「あっはー。もっと悔しがるといーよお。オレねぇ、コタとお友達になりましたぁ!」

「うわ、マジで抜け駆け! ずりぃって!」

「人徳だってばー。文句はリョーチョーにゆって」

「その寮長から俺の代役がお前って聞いたんだけどな。あーもう、部活サボれば良かった…」

「もう部活に入ってんの?」


 まだ春休み中なのに、入部できるんだ。そこが不思議で思わず訊くと、加瀬はニカッと笑った。


「うちの部は中高共通なんだ。つっても今日は、先輩に誘われて自主練みたいなもんだったんだけどさ」

「水泳部の大会ってまだ先でしょお? まっじめー」

「へぇ。水泳部なんだ。何か似合うね」

「加瀬は水泳バカだもんねぇ」

「取り柄があって悪かったな」

「んーん。オレ才能に恵まれてるから問題なしおー」



 加瀬は一見、チャラくてゆるゆるなトールちゃんとは真逆のタイプに見えるんだけど、同室者だからかな? 軽口を叩く息はぴったりだった。

 ゲシゲシ臑を蹴り合いながら短い廊下を進む彼らを居間に通す。
 トールちゃんが迷わず四人掛けのダイニングテーブルに座ったので、俺も加瀬もそこに座った。


「良かったら加瀬も、俺のことコタって呼んで。これから宜しく」

「おう、宜しくな。……つーかさ、トールから説明聞いた?」


 手土産、とペットボトルのお茶を差し出しながら加瀬が訊いた。

 あ、すみません助かります。


「その、明芳の、ちょっと特殊な部分のこと」


 何の話か、言い辛そうにする態度で解った。


「同性愛パラダイスってこと? それなら聞いたよ」

「パラダイス……」



 あれ。
 言い方間違った?



 加瀬もトールちゃんも、肯いた俺に揃って微妙な顔をした。


「おい、トールお前…」

「解ってるってばぁ。でも…うーん……えっと、」


 金髪は妙に歯切れ悪くもごもごと呟いて、加瀬に耳打ちした。「はあ?」とか「それで?」とか相槌を打って聞いていた加瀬は、最終的に呆れた顔で「あったりまえだろが」と返す。


「けどコタには、言い難いってゆーか…」


 え、俺? 何? 何の話?

 トールちゃんが、ちらとこっちを見て溜息を吐く。
 加瀬が「俺から話す」と言うのを制した金髪は、暫く言い渋っていたのだけれど、やがて決心したのか俺へと向き直った。


「あのね、さっきコタは、簡単に玄関を開けたでしょ?」

「開けましたね」


 ドアスコープを覗いても、誰が何の用事で訪ねて来たのか俺には解らない。だから開けて話を聞こうと思ったのだけど。トールちゃんは、ゆる、と頭を振った。


「来るのは危ない人かもだよ? だから、確かめもせずに開けちゃダメ」

「へ? ……えええ?」


 学園の寮内で危ない人? そんな人がいるのか?

 真面目に言うトールちゃんに「何を大袈裟な」と喉まで出掛かる。が、加瀬も真剣に頷いていて、有り得る事なのかと飲み込んだ。


「つーか、あの、誰が安全で誰が危険かとか、俺まったく判んないんだけど…」


 そもそも顔を知ってる相手すら少ないのだ。どういう風に「危ない」のかも曖昧だし、何を以て判断すれば良いんだろう。

 困惑する俺にトールちゃんは微笑んだ。


「だいじょーぶ。オレ、ずっと一緒にいよーね、ってゆったでしょお?」

「あ、そういう事」


 あの薄ら寒い科白の意味が解って、納得と同時に安心した。当分はトールちゃんが安否の基準を教えてくれるんだ。


「危険の意味が解んないんだけど。えと、じゃあ、慣れるまでお願いします?」

「取り敢えず、そこからだよな」


 静観していた加瀬が口を挟んだ。


 

[*←][→#]

23/68ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!