唐紅に
6
もう用は無い、の言葉通り、素早く立ち去ろうとしたセンセを寮長が引き留めた。
「まだ話がある。サッサ、あんたは此処に待機」
「じゃあ誰が紅太を部屋まで送るんだ」
「あんたなぁ…。何の為に斗織を連れて来たと思ってんだよ」
寮長がそう言うと、畳に懐いていたトールちゃんがぴょこんと起き上がった。
「ハーイ! オレ、案内人!」
「おまえが案内? 気色悪い。何を企んでる」
「きょんちゃんにゆわれたくなぁい。ねー、ハルシキ君……って、言い辛いね。コタって呼んでい?」
訝しげに眉を寄せたセンセと対照的なトールちゃんは、不意に俺を向くと馴染んだ呼び方を提案した。すぐに頷く。
「ああ、俺もコタって呼ぼうかな。構わないかな」
便乗するように聞いてくる寮長にも俺は笑顔で肯いた。
地元の友人は大抵俺のことを「コタ」と呼ぶ。二人にそう呼ばれるのは親しくなれたみたいで嬉しいし、センセや西尾先輩からは気付いたら名前で呼ばれていたのだ。断るはずもない。
ほくほくしていると、だからね、とトールちゃんが続けた。
「きょんちゃんのお仕事は、これでおっしまーい」
あ。センセのこめかみがピクってした。
「コタ。寮内では法に抵触する行為をしない、門限を破らない、無断外泊をしない、ってのが快適に暮らすコツだ。これから宜しくな」
集団生活にあたってのアドバイスをくれた寮長と握手。
「じゃあ斗織、あとは任せた」
「任されたー!」
「え、俺、案内は…」
要りません。と言うより先に腕を取られて、ドアへと引っ張られた。
「は? 同じ?」
人払いの効果継続中のエレベータホールは、思いがけず声が響いた。
「そー。同じクラス!」
気の抜ける笑みを浮かべたトールちゃんの隣で、俺は物凄い衝撃を受けていた。
クラスメイト。同級生。
つまりは頭ひとつ分の身長差があるにも関わらず、同じ歳。
その事実は本日一番の衝撃かもしれない。
「……さ、詐欺だ…」
別にトールちゃんが騙した訳じゃない。喋るたびに印象は幼くなっていくけど、俺が勝手に、身長差や大人びた顔立ちから先輩なんだと思っただけだ。
それでも詐欺だと言わずにはいられなかった。俺のプライドの為にも。……だって同じ歳なのに顔も良くて背まで高いって、何か不公平を感じない?
「その身長、少し下さい」
「え? 何なに、いきなり」
眼を丸くするトールちゃんに「何でもない」と手を振った。
これまで自分の背が低いなどと思った事なかったのに、こうも皆でかいと身長にコンプレックスを覚えそうだ。
丁度そこにポーンと軽やかな音がフロアに響いて、エレベータが到着を告げた。
気持ちを切り替えよう。
うん。俺まだまだ成長期。
「コタ変なのー」
楽しそうに笑う金髪に何故か手を繋がれて、箱に乗り込む。
トールちゃんは7階のボタンを押したあと、俺の顔を覗き込んだ。甘い顔立ちは間近で見てもアラがなく、折角切り替えた気持ちが即座に萎みそうになった。
平等なんて、なかなか無いって事だ。
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