唐紅に
5


「んじゃサクッと終わらせますか」


 寮長がカウンタを回り、寮監室と書かれた扉を開けた。皆で後に続く。

 と、寮長が最後尾の西尾先輩を見て眉間に皺を寄せた。


「優。ここは良いから、それを反省室に入れてこい」

「後でいいんじゃね?」

「良くない。邪魔だ」


 何の話だと振り返ると、片手にレイパーとやらの襟首を掴み上げた西尾先輩が笑っていた。





「……忘れてた」


 存在を。

 結局、寮長に説得された西尾先輩は、涙目で震える白目君と去って行った。投げられたり引き摺られたり、手荒な扱いを受けていた割に、白目君は元気そうだった。頑丈だ。






 寮監室は表の華美さを一切払拭した、簡素な部屋だった。
 生活用具の置かれた8畳程のスペース。床はロビーと同じく石張りだったけど、部屋の奥半分には後から入れたらしい畳が敷いてあって、そこだけ床が高くなっていた。畳との境の横壁にはドアがある。隣にも部屋があるのだろう。

 壁に沿って書類棚や食器棚が並ぶ部屋は、事務室と個人宅の居間をごちゃ混ぜにしたような、奇妙な印象を受けた。
 畳の中央には卓袱台まで置いてあるしなぁ。


「春色君、生徒証出して」


 畳側に向けて床に置かれたパソコンデスクに向かった寮長が、俺にホイと手のひらを差し出した。

 パソコンに繋がれたカードリーダみたいな機械に生徒証を差し込んで、何事か操作する。
 とにかく速いタイプ音が暫し続いた後、パソコンがジジジ…と唸り始めた。


「フロアガイドはパンフレットで確認して貰うとして、寮規と注意事項だな」

「基本的なことは既に説明したぞ」


 説明しようとした寮長に、センセが言った。


「えっ、きょんちゃんが!?」

「判り易い嘘を吐くなよ」


 眼を丸くしたのはトールちゃんと寮長で、センセはそんな二人を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。


「嘘じゃない」

「ちょーアリエナイんですけどぉー!」

「……春色君、本当? どんなこと聞いた?」


 センセの親切さはあまり知られていないらしい。ここは親切さを体感した俺が、センセの名誉を挽回しなきゃいけない、のだと思う。
 思い出せるかな。


「ええと……門限は20時。許可が出ている場合を除いて、この時間までには必ず寮内に戻っておくこと。朝6時半から20時までは基本的に出入り自由。時間外と授業中は施錠されるけど、玄関のカードリーダに生徒証を通せば開錠可能」


 門限後は寮内であれば行動は自由だと言われた。中等部にはある消灯時間を、高等部では設けていないらしい。


「学園の敷地外に出掛ける時は、緊急時を除き前日までに外出届が必要で、保護者に確認して承認が得られたら外泊も許可される。施錠時の出入りは記録に残って、定期的に寮長と風紀委員長がチェック。門限破りや無断外泊にはペナルティが科せられる」


 反省文と校内の奉仕活動が待ってるぞ。と、センセが楽しそうに言っていた。

 ちなみに、違反の度合いと回数によって、奉仕活動の期間が変わるそうな。


「部屋は二人部屋で、同学年、違うクラスの人と、成績を基準に割り振られる。部屋替えは原則として年次ごと。あとは……食堂の利用時間と、洗濯物の出し方なんかも聞きました」


 沢山教えてもらったけど、多分、大事な決まり事はこのくらいだったはず。確認したくて無意識にセンセを見る。


「よく出来ました」


 彼は視線に答えてニッと笑った。


「な? 本当だっただろう?」


 何だか得意気なセンセに、寮長とトールちゃんが顔を見合わせた。


「……明日はきっと雨だねぇ」

「いや、槍が降るかもしれねぇぞ」

「そーかも! 鉄板でも用意しとく?」

「いいなそれ。ついでに寮内に警報も出そうぜ」

「さーんせーい」


 随分な言われようだけど、それだけセンセの親切は珍しいのかな。怖い顔をして睨むセンセを完全に無視して軽口を叩く彼らに、仕舞いにはセンセも諦めたようだった。

 溜息ひとつ零して、銜えていただけの煙草に火を点ける。ジッポライタの蓋を閉める、カシュ、という音がした。


「……もう用は無いな。紅太、行くぞ」


 とっくに手続きは終わっていたらしい生徒証を、センセがカードリーダから抜き出して投げた。


「失くすなよ?」


 それに気付いた寮長が注意する。


「失くすとねぇ、手続きがチョー面倒なの。悪用しよーとする馬鹿もいるから、気を付けてねん」


 トールちゃんが猫みたいな笑顔で付け足した。

 何とかキャッチした生徒証を、大急ぎで財布に仕舞ったのは言うまでもない。


 

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あきゅろす。
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