唐紅に
入寮



 縦にも横にもズドーンとデッカイ、立派なホテル。

 あれ? こういう建物、リゾート地で見たことあるよ。

 寮の印象はそんな感じだった。
 本当にでかくて豪華。外観は大きさが桁外れなだけで、そこまで煌びやかではなかったのだけど、入り口の大きな扉を開けた先は、何処も彼処もキラキラしていた。

 高い天井にはシャンデリアが煌めいて、白っぽい石材の壁に光を反射させている。床は大半が海老茶色の絨毯に埋められているのだが、この絨毯がまた素晴らしくフカフカだった。玄関に泥落としのマットが置いてある訳だ。
 さり気なく飾られている絵とか壺とかも、見るからに「ゴージャス!」な感じで、一体幾らするのか訊くのが怖い。

 寮には保護者など外部の来客もあるらしく、その為ロビーは面会応接に耐え得る仕様になっている。と、眼を丸くしていたらセンセが教えてくれた。「他の階はもうちょっと煩くない」とは、西尾先輩の談。

 学生寮にあるまじき内装だけど、これくらいご立派な方がこの学園らしいのかも、と思い直した。だって此処の敷地には、庭園やらアンティークな職員棟やらがある。寮だけアパートみたいな普通規模だったら、逆に浮いちゃいそうだ。





「…………」


 始業式まで日があるからか寮内に人影は少なかった。それでも全くの無人ではない。ロビーにいた生徒らしき人たちが、一様にこちらを向いていて、俺はこれが珍獣効果なのかと思わず足を止めた。

 それにしては「西尾様だ!」とか「どうして佐々木先生がこっちに?」とか、喜色を含んだ囁きが聞こえる。



 ……。

 ああ原因はセンセ達か。



 見上げると「様付きで呼ばれるって何様ですか」などとは、とても訊けない雰囲気を纏った彼らをバッチリ目にしてしまった。急いで俯く。センセと西尾先輩は道中の舌戦を引き摺って、大層怖い顔をしていた。


「紅太、こっちだ」


 他人の視線なんてどうでもいいと言いたげなセンセに、入って右側の、ホテルのフロントみたいな場所に連れて行かれる。やっぱり腰に回る手に、周囲のどよめきを裂いて西尾先輩の鋭い舌打ちが聞こえた。
 だから怖いんだって!


「もう着いたぞ。何でアンタはまだ残ってンだよ。自分の仕事しろっつの。コータの面倒は俺が見てやんよ。テメェはとっとと帰れ」

「これが仕事だと言っただろう。対暴が口出しするな」


 険悪な雰囲気の二人は、道中でも散々言い合ってたくせに、厭きず舌戦を再開させた。

 遠巻きに見ていた生徒たちは、無遠慮な大きさで交わされる応酬に集まって、いつの間にか人垣を作っている。


「あの、俺、ひとりで待てますし。お二人は帰られても…」

「だめだ」


 この場に俺だけなら注目される事もない筈で、是非ここは俺の為にも帰って頂きたい。そう期待した提案は、双方からバッサリと却下された。


「リョーチョーの顔、知らねえだろ? 俺が紹介してやっから遠慮すんな」


 飴色に光るカウンタに置かれたベルを鳴らして先輩が笑う。


「俺の仕事は紅太を部屋まで送り届けることだ。此処で放り出す訳がない」


 センセも大人の魅力全開な微笑みを向け、そんな過保護なことを言った。つーか、部屋まで送るって。理一さんが頼んだのか?


「や、本当に大丈夫なんで、」

「気を遣わなくていい」


 またもハモった科白を、二人とも心底真剣に言っているから、性質が悪い。
 親切な担任と先輩──そう思えれば良いのだけれど、来て早々変人に関わった、己の不運に溜息が出た。


「つーかさぁ、佐々木とコータを二人きりにしたらヤバいって、俺の勘が訴えてんだけど」

「下種の勘繰りだな」

「そういう台詞はせめて、コータの腰から手を離して言えよ」


 センセを睨め付ける先輩の顔が、しっかりと俺の腰をホールドするセンセの腕を見て更に険しくなる。何度叩き落としても回されるから俺は諦めていて、この少々邪魔なオプションをないものとしていた。けど険しい表情に、慌ててセンセの腕を振り払う。

 ギャラリーから悲鳴? が上がって、しまった、と思ったけど、俺は目の前の美人さんの方が怖かった。俺間違ってナイ。

 不在なんだと思うけど、ベルを連打しても出て来ない寮長に「早く来て」と願った。


「コータも嫌がってンだろ。離せこのセクハラ教師。しつけぇジジイは嫌われンぞ」

「誰がジジイだ。ああ、礼儀も知らん餓鬼には俺の素晴らしさを表現するだけの語彙がないのか」

「……テメェだけはいっぺんと言わず、死なす」

「おまえが俺を死なせる? そういう科白は実力差を埋めてから言うものだ」


 じゃないと、俺の胃に穴が開きそうだ。


 

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