唐紅に
2
混乱の後、佐々木センセが俺にセクハラしていると勘違いした、と、その人は言った。
うん。それは強ち勘違いでもないと思う。
セクハラだと目くじら立てる程の被害でもないんだけど、歩きにくい、離してと、言っても聞いてくれなかったし、丁度良かった。
「こんなナリでも風紀やってっからさ、見過ごせねえだろ?」
そう言って、ロリポップキャンディを銜えたピンクヘッドは幸せそうに鼻を鳴らした。
誤解が解けて何よりだ。
──って、ちょっと待て。
「風紀って、風紀委員?」
あの服装頭髪検査とか、遅刻者のチェックとかをしたりする、教師陣の手先のようなあの委員会に所属してるっての?
教師と殴り合いをしちゃう、このピンクヘッドが?
嘘だろ、おい──呆れる俺を余所に、彼は「あ」と手を打って口角を上げた。
「俺、西尾。2年の西尾優。アンタ新1年だろ? 名前は?」
ピンクヘッドもとい西尾先輩は、近くで見ても凄く細身だった。長い手足と激しく着崩された大きめの制服が余計に華奢さ加減を煽っている。俺よりも若干背は高いけど、折れそうな体型だ。よくあんな威力の高そうな拳を出せるな。
特徴的な髪は根元が白に近くて、毛先に行くほど色味を増すベビーピンクのグラデーションになっていた。動くとふわふわした髪が揺れて全体をピンクに見せていたが、実際は白金の方が多いのかもしれない。優しいピンクに彩られた長めの前髪から少し丸みを帯びた頬と、尖り気味の顎に繋がる。きゅっと眦の上がった目が何処となく猫を連想させた。
ちょっと、俺のやんちゃな友人たちと同じ匂いがするんだけど、そしてそれは気の所為じゃないと思うんだけど、先輩は美人なロシアンブルーみたいだと思う。……毛色は違うけどさ。
「1年の、春色紅太です。……えーと。ところでその人、ですけど」
西尾先輩を真似て自己紹介した俺は、足下に転がる気絶したままの誰かを指差した。
「このままで良いんですか?」
白目を剥いたままなのがちょっと気持ち悪い。
いや、そうじゃなくて。
これだけの時間意識がないのってヤバくないか?
何でいるのかも判らない誰か──私服だけど、たぶん生徒だ──を心配していると、少し離れた場所で、黙って煙草を吸っていたセンセが顔を顰めた。
「そうだ西尾おまえ、俺を狙ってこいつを投げただろ」
「おー。手が滑って当たらなかったけどな」
「は? 人間が投げて、人間を飛ばせるの?」
「普通飛ぶだろ」
非常識な話を簡単に肯定した西尾先輩はとんでもない怪力の持ち主らしい。
「だからって俺に向かって投げるな。ムカつく。で? こいつ誰だ」
「知らね。そこの林で中等部のガキ襲ってたのを捕獲したんだけどよ、うるせえし取り敢えず落としたんだわ」
「ああ、レイパーか。自業自得だな」
この人たちの会話は意味の解らない言葉が多過ぎる。
が、どこをどう取っても一般的でない事は解った。
誰か解説してくれよ。……そう言える雰囲気でもないので、俺は静かに成り行きを見守っていた。ら。
「んじゃコータ。調書とっから、ちょっくら寮まで付き合ってもらおーか」
西尾先輩がどっかの刑事ドラマみたいな科白で俺の腕を掴んだ。
「おい西尾、紅太は関係ないだろう」
「はぁ? テメェがそれを言うか?」
すかさず反応したセンセを鼻先で嗤って、先輩は「行くぞ」と強引に俺たちを引き摺った。
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